魅力的な表現だけでは世に出られない。興味のない相手を振り向かせるために必要な『ツカミと印象』とは?

国民のITリテラシーが均一に高まっちゃうと、たとえば家電量販店に行ってめぼしい商品を見つけ、商品の特徴を店員さんから根掘り葉掘り聞き、商品の性能に納得したあと、最終的には値札で価格をチェックし、インターネットでその型番を調べ、インターネット上の最安値をチェックし、オンラインの最安値店舗でその商品を買う。という、店舗にとっては絶望的な状況に陥るなと、危惧して夜も眠れません。

人は何かしら表現する生き物。ものづくりをしている人はもちろんですが、人間関係においても表現って大切ですよね。初対面の人と会うときなんか特に。

今回は、『ツカミと印象』がどれほど表現において大切かということを考えてみたいと思います。

基本的に人は他人に興味がないことを知る

これ、めちゃくちゃ重要なポイントです。みんな自分のことで精一杯に生きていますし、自分のことが大好き。自分のことが嫌いって言っている人も、きっと、自分のことが嫌いって言ってるそんな自分が好きだったりすると思う。

となると、表現者はまず、他人から興味を持たれていない、つまりは劣勢の状態からのスタート、という意識を持たねばなりません。

たとえば、いかに優れた作品を作ったとしても、自分にどれだけ自信があっても、良いものを提供できるという根拠を秘めていたとしても、基本的に他人はそれに興味がありません。

さらに言うと、これ言っちゃうと恥ずかしいかな? こんな作品を公表しちゃうと恥ずかしいかな? 大勢の前で意見すると恥ずかしいかな? 周りのみんなは自分のことをアホだと思うかな?

心配いりません。みんな、他人には興味がないので、あなたが言ったことを聞いてもいなければ、心を込めて読んでもいなければ、意見に耳も傾けてもいないし、アホとすら思いません。そんなあなたの表現を見たり聞いたりしているフリして、その実、その日の夜に飲みに行く相手を誰にしようかな、などと脳内で勝手な思考を巡らせています。

なので、自分に興味を持たない相手を目の前にして、恥をかけたら立派なもんです。くらいに考えておくのがちょうどいいでしょうね。

劣勢を覆す最初の一手は『ツカミ』

で、登場するわけです。ツカミと印象が。まずはツカミから。

ツカミというのは、登場したときの第一声。自分と相手が交わる瞬間の最初の一手です。ここですべてが決まると言っても過言ではありません。

僕の場合は、ショートショートという短編の小説を書いていますので、最初の1~2行目ですね。ここでいかに興味を持ってもらうか。それは、続きを気にさせる表現だったりもしますし、妙な違和感だったりもします。

そこでつまづいてしまうと、基本的にはその後の文章は読んでもらえません。中盤にド派手な展開を仕込んでいようが、終盤に大ドンデン返しを用意していようが、読者はそこまでたどり着いてはくれません。

なので、たとえばプレゼンなどの場だったら、「今日はお集まりいただきまして、ありがとうございます。我が社スタッフが総出で知恵を絞ったご提案を本日は──」なんて当たり障りのないフレーズで話しはじめるんじゃなくて、「本日は、御社の売上前年対比80%増を狙う提案をお持ちしました。その具体的なプランはと言いますと──」とかのほうが、みなさん、聞く耳を持つはずですよね。

村上春樹の本を購入して、冒頭数行で飽きて読むのをやめる人は限りなく少ないでしょう。反面、名もなき著者の本なら、無料で手渡されたとしても、冒頭でコケてしまったら、その後のページはめくらないはずです。

孫正義のプレゼンなら、冒頭がいかに退屈だったとしても、最後まで聞きたくなるでしょう。反面、無名な営業マンのプレゼンなら、退屈だと感じた瞬間に、プレゼン相手は一瞬で他のことを考えはじめます。

「え? でも愛読している小説は、ツカミでそんなに力んでないけど?」とおっしゃる方もいると思います。

それは、その作家さんが既に多くのファンを抱え、その作品を読む読者は「好き」の状態でその本を手に取り、最後まで読む前提で作品に触れているからです。

これは、アーティストのライブの例えがわかりやすいです。ファンばかりが集う単独ライブのスタート1曲目と、音楽フェスに出たときのスタート1曲目は、戦略的に変えているはずです。要するに、ファンに向けての表現か、ファン獲得のための表現かで切り分けている、ということですね。

劣勢を覆す次の一手は『印象』

基本的に人は、他人のことを印象で覚えていると思います。
こんなことってよくありませんか。「あの、あの人、名前なんだっけ? 出てこねぇや。あの、メガネかけてて、いっつも赤いネクタイ巻いてるあの人」って感じのやつ。印象で覚えられていますよね。

となると、印象に残らないと忘れられる、ということなんです。

たとえば何かを表現する場に立つとします。漫才コンクールの予選でもいいです。複数のバンドが出演する対バンのライブでもいいです。

誰にも負けないくらい漫才を練習した。誰にも負けないくらい演奏を練習した。もちろん、これは当然。誰にも負けないだけのものを披露するというのは、当たり前のことです。

で、その上で、って話です。

その日、自分で自分のことを褒めてやりたいくらいの出来栄えだったとします。自分のステージを見て、来場者も歓声を上げてくれていたとしましょう。ただ、出演者の中に、ほぼ全裸の奴が出てきたとする。見ている側の印象は、完全にそっちに持っていかれます。

きっとステージを見終わって帰るお客さんたちは、会場を出た瞬間に、「あの全裸っぽい人、気持ち悪かったね……」とか、「全裸の人、衝撃的だったね!」と、その出演者の話題で持ち切りになることでしょう。

印象ってそんなもんなんです。何年も努力してようやく掴んだステージでも、印象が強い奴が、おいしい所を持っていっちゃうんです。

だからって全裸になれってことじゃありません。表現はもちろん素晴らしいものを披露する前提で、その上で、どうやって印象に残すかを考えなければ、せっかくの素晴らしい表現も受け手の記憶に残らない、ということなってしまうのです。

コピーライター的発想で勝負する

コピーライターの人たちは、「ツカミ」と「印象」を備えた表現の天才だと思っています。たったの一行で勝負するそのスタイルは、言い換えればツカミがすべてで、ツカミしかない世界。そして、その一行を印象に残さねばならない世界。圧巻ですね。

なので、表現者は何かを表現するときに、自分や作品にキャッチコピーを課してみるのもおもしろいかもしれませんね。そのキャッチコピーにツカミ感がなかったり印象が薄かったりしたら、その表現は他人に届かない可能性が高い、とも考えられます。

せっかく魅力的な表現をしていても、届けたい人に届かなければ、評価されることもありませんし世にでることもありません。絶対に世に出てやる、くらいの気構えで表現しないと、相手には届かないということです。

ツカミと印象を意識して、あなたの表現に「あつかましさ」をプラスしてみてはいかがでしょう。

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コラム『大阪モダンディスコ』

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コメント2件

なるほど。コピーライターですがすごく腑に落ちました。あと、冒頭だけでなく、タイトルも結構かんがえますよね。
そうですよね。この記事を書いた後、書店に行く機会があったのですが、読み手にとってのタイトルのインパクトの有無、かなり重要だなと改めて思いました。
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