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話を"盛る"という行為が、これほどまでに悲惨な結末を生んでしまうとは。笑い欲しさに道を踏み外してしまった男の末路とは?『デタラメだもの』

話を盛る、というのは、愉快な会話においては必要不可欠であって、特に大阪生まれ大阪育ちの人間は、殊更に愉快な会話というものを求められる。オチのない話は厳禁であり、会話のテンポが乱れるなんてことはあってはいけない。笑いに関しては幼少の頃から厳しい訓練を受けているわけであって。そしてその結果、時に"話を盛る"ということをやってのける。

要するに、エピソードなどを披露する際、二度あったことは「何度も」、と表現したほうが話にメリハリがつくし、たった2~3人から聞いた話であったとしても、「周囲のみんなが言っているよ」と表現したほうが、話に広がりがあってより愉快になるわけだ。

起こった事実を淡々とありのままに報告するだけなら、その実、話者なんてものは要らないわけで、ソーシャルメディアにアップロードされている戯言を覗いていただければいいということになってしまう。それじゃあ実に味気ない。せっかくの会話の場、コミュニケーションの場、セッションの場、盛り上がらなくてどうする。盛り上げなくてどうする。そういう責務を感じる場面というのは往々にしてあるのが事実。

ところがだ、このおもてなし精神が暴走してしまう瞬間というものがある。それは、会食などの宴席の場だ。さらにそれが過激に暴走してしまうのが、ビジネスが絡み、且つ初対面のお相手と対談する場で巻き起こってしまう。

ビジネスにおける会食なんつーものは、たいていが利害を求めて催されるもの。自分にとってのメリットはどこにあるのかしらん。デメリットは排除できるのかしらん。同時に相手も同様のことを考える。お遊びでもないし、仲良しクラブなどでもない。

ところがどっこい、たとえ腹の探り合いに等しいビジネスの会食であっても、そこは大阪人。笑いというものを忘れてはならぬ。それは少々の頃からの言いつけである上に、6時間の授業のうち4時間をお笑いに費やすという大阪の学習カリキュラムに育てられた腕の見せどころ。本領を発揮せねばと細胞がうずく。

じゃあ、何がどうなって暴走に至るの?

ビジネスにおいて初対面のお相手と会食する際は、とかく自己紹介が増える。しかも男女が「はじめまして」などと恋愛のきっかけを探る会とは異なり、自分の経歴だったり力量だったりを、いかに相手に対し端的に且つ、魅力的にプレゼンテーションできるかが重要なわけ。

また、そこは宴席なわけであって、それ相応のアルコールが提供される。酔いによって思考は平常時のそれを維持することはなかなかに難しく、論理的に且つ、やらかしてしまわぬよう、ディフェンシブに振る舞うということも難しくなる。

その上で、果たさねばならぬミッションはというと、自分の経歴だったり力量だったりを魅力的に語ることに加え、笑いの絶えないセッションにする、ということ。そしてここに、笑いに欠かせぬ"話を盛る"という魔物が介入してくるもんだから、事態は殊更にコンプリケーティッドな状態になってしまう。

その実、話を愉快にしようと思って話を盛ることが、必要以上に自分を大きく見せてしまうという行為と、ピッタリ合致してしまう。これ、ビジネスにおいては最大級のリスク、なんですわ。

例えば、「こういった業務に携わったことってあります?」という先方の無邪気な質問に対して、仮にたったの1度だけ携わった経験があるとしよう。その場合、まずは「はい、ありますね」と回答する。すると相手は興味を示し、「あんな高度で複雑な業務に携わられていらっしゃったんですね。既に手慣れたもんですか?」と尋ねてくる。するとだ、盛りの魔物が顔をもたげ、「そうですね。何回も経験してますね。俗に言う、プロフェッショナルってやつですわ」という回答が、半自動的に口から飛び出す。

すると相手は、自分自身の業務をサポートしてくれる協力な味方が現れたぞ、これは自分自身の業務が楽になる、などと高揚し、表情を柔和にしながら、「じゃあ、ぜひ次回のお仕事はお願いしますね!」という、交渉完了の意を示される。こちらとしては、言ってしまった手前、否、盛りの魔物に言わされてしまった手前、「ぜひ!」と満面の笑みで答える以外に術はない。

この瞬間、大量に発汗する。と同時に、その仕事に関連する書籍などを大量に買い込み、受験生さながらの学びをおっぱじめないといけなくなったことに辟易しつつも、言い逃れできない宿命に、諦めという念を発起させる。

このように、すんなりと交渉が完了する場合はスマートだ。やっかいなのが、こちらの回答と同時に笑いが生じたとき。大阪の人間というものは、お金を貰えるよりも、笑いが貰えたほうが喜ぶ生き物。無条件で1万円を貰えるよりも、宴の場で爆笑をかっ攫えるほうが、なんとも気分が良くなる生き物である。

するとどうなるか? 語る会話、エピソードに"盛り"という装飾がジャラジャラと付着し、もはや元ネタの原型などは皆無。笑いの手の鳴る方へ、どんどんと過激さを増し、爆笑という空間における法令違反を、ただひたすらに繰り返してしまうわけです。

某著名人に会ったことがあるか、という質問に対しては、あるイベントの関係でチラッと目にした程度なのにも関わらず、プライベートで4度ほど会食をしたことがある、という話にスリ代わり。某有名サービスサイトのようなウェブサイトを作れるか、という質問に対しては、実は当該サービスサイトがリリースされる数年前に、実は同様のものを作っていた、という架空の物語にスリ代わる。

お相手の方が住まう街の話題になった際などは、その街を何度も訪れた経験があると吹き、近隣のスーパーマーケットで人参やら玉葱やらを買い込んだ経験もあるよと、「お前は地元に住まう主婦か!」とドヤられそうな"盛り"をぶっ込んでしまう。

その都度、相手のリアクションは大きくなり、もっと呉れろもっと呉れろのオンパレード。口の端からヨダレ汁を垂れ流してせがむものだから、自分はヒップホップ育ちであるとか、悪そな奴はだいたい友だちであるとか、全日本珠算選手権で優勝経験があるとか、「お前はいったい何者なんだ?」と、訝しがられるほどに盛りまくり、お相手は抱腹絶倒。悶絶。大量に呑んだアルコールが逆流し嘔吐。それでも尚、笑っておられる。実に嬉しい。誠に嬉しい。

ただし相手もビジネスマン。ひとしきり笑い終わった後、冷静な表情を取り戻すと、「では、次回の案件では、某有名なサービスサイトと同等のものを、先程おっしゃったように、無料に近いコスト感でご作成ください。また、制作スピードは他者を凌駕するとのことでしたので、1週間程度で仕上げていただければと。あと、我が社で定期的に開催されているパーティーに演者としてご参加しただき、ヒップホップ育ちの実力を遺憾なく発揮していただきたく。また、悪童として名を轟かせていらっしゃったご様子なので、我が社の中でも腕っぷしの強い数名と、アームレスリングの大会なども同時に催させていただければと思います」などと言いやがる。

毎度、このタイミングで一気に酔いが覚め、膝の震えが止まらなくなる。体温は低下し、視界が霞み始める。この場から逃げねば。そして、この御方とは金輪際、会うことはできぬ。街でスレ違うことすらも許されぬ。会ったが最後、"盛り"という魔物が課した非人道的なタスクに挑まなければならなくなってしまう。嗚呼、どうしよう。嗚呼、どうしよう。

と、こういった失態を繰り返し、次こそは盛るまい。次こそは盛るまい。と、心に誓い、また新たな会食に望む。そしてまた、盛ってしまい、帰る間際には体温が低下してしまう。

ああ嫌だ、ああ嫌だ。笑いなんて要らないから、原型のままで生きたいものだ。などと愚痴愚痴やりながらも、その実、この文章は1分で書き上げたよ。いや30秒かな。平常時から発想力は誰にも負けぬし、キーボードを打つ速度は全国タイピング選手権で優勝したほどの腕前だからね。

デタラメだもの。

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