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受療中断しないために

少し前のことになりますが、クライアントの家族相談に同行し、精神科医とお話をしたときのことです。親御さんが本人の病歴を説明すると、先生はこうおっしゃいました。

「受療中断しないことが一番、大切なんです」

当事者はともかく、ご家族の中には(そんなことは、言われなくても分かっている!)とお怒りになる方が出てきそうです。精神科未受診の方を医療につなげる難しさはもちろん、四苦八苦の末に本人が受診したとしても、その後、すぐに通院や服薬が途絶えてしまうことは、非常によくあることです。

E. Fuller Torrey博士の著書「American Psychosis」では、精神疾患の重篤なケースにおいては、「病態失認(anosognosia)」と呼ばれる症状があり、脳の特定箇所が解剖学的ダメージを受けたときに起こることだと指摘されています。

このような状態になると、病識をもつことはなかなか難しく、周囲がどれだけ上手に、なおかつ継続して支援を行っていくかが課題となります。家族では対応しきれない場合も多く、まずは入院治療しかない場合もあります。そして退院後も、訪問看護やグループホーム入所など、第三者の力を存分に借りるべきでしょう。

ほかに、本人も生きづらさを自覚していて、「病態失認」とまではいかないケースもあります。このタイプで家族を巻き込んでしまう方は弊社の相談ではおおむね二極化しており、一つは、本人が「病気」であることを理由に、親に生活の面倒をみさせるなど支配している例です。もう一つは、(当事者の年齢にもよりますが)「病気」であることを認めず受診拒否し、「〇〇の資格をとる」「大学受験をする」「高給の企業に勤める」と言って、長くひきこもりの状態を続けている例です。

いずれにおいても、本人は治療に積極的ではなく、「通院はしているがいっこうに良くならない」「受療中断してしまった」「入退院を繰り返している」状況にあります。この背景には、実は、本人の“不安”が渦巻いていることが多いです。

たとえば、家族(親や配偶者)が精神疾患への偏見が強く、日頃から病気を否定する空気を醸し出してしまっています。これにより本人は「自分が病気であることを認めたら、家族から見捨てられる」「離婚される」などと感じています。同様に「就職(結婚)ができなくなる」などと考えていることもあります。

また、家族が「病気からの回復=社会復帰(就労や自立)」と考えており、それが本人のプレッシャーになっていることも、少なくありません。とくに、本人以外の親・きょうだいが社会的地位を確立している家庭では、その傾向が強くなります。本人は、病気から快復したからといって、親や自分が望む通りの職に就けるわけではないことに気づいており、だからこそ、「病気を認めたら、家族内から自分の存在自体が、排除されるのではないか」という不安を抱きます。

このような心の状態にある方を、医療につなげ、なおかつ治療を継続するためには、周囲が根気強く、本人の不安を解消する関わりをしていく必要があります。

たとえば家族との関係を紐解き、病状悪化の背景に親子関係があったり、本人に対する親の理解が乏しかったりするのであれば、親と離れて生きる選択肢もあることを提示します。今さら家族の価値観に沿う生き方をすることは難しく、まずは物理的に距離をおき、「等身大の自分の人生」に向き合ってもらいます。

本人の心配ごとが経済面にあることも多いため、医師の診断を受け、治療を継続することで得られる福祉支援のことも、丁寧に説明します。こういった話し合いも、親子だけではよけいな誤解を生むこともありますから、第三者(保健師など行政職員やケースワーカーなど)に間に入ってもらうことです。

未治療の期間が長かったり、「入院→退院→受療中断→再入院」の経緯を何度も繰り返したりしてきた方ほど、自立には時間がかかります。本人が焦らないよう、小さな目標を立てながら、順を追って進めていくことです。

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