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経営支援の思考法2.問題発見と課題抽出

 中小企業の経営支援にあっては、2022年に経営力再構築伴走支援が国から提示され、2023年にはその実施に向けたガイドラインも公表されました。これによれば『経営者との対話傾聴により、本質的な経営課題を設定する』ことが重要とされ、どのように対話するかという具体的な方法が記述されています。しかし次の2点から、これでは不十分です。

  •  経営者の発言は、経営者の認識を述べているにすぎず、それが事実あるいは真実である保証はありません。たとえば「売上減少の原因はなんだと考えていますか」という質問に対して、経営者が「不況だからね・・・」と答えたとしても、それが真因かどうかは検証しなければわかりません。じつは商圏内人口の減少かもしれませんし、有力競合店に顧客を取られているのかもしれません。正確に言えることは『経営者はそう考えている』ということだけです。これを検証するという要素がガイドラインでは述べられていないのです。とくに中小企業経営者や個人事業者は、業務に追われていることも多いため業績を分析したり環境変化を把握する余裕がなく、正確な認識をもっていないことがしばしばあります。そのためにも検証作業が必要なのです。

  •  そもそも、経営者の本音を聞き出すためにどのように対話するかということも大切ですが、それよりも何を対話するかということの方がはるかに重要です。ガイドラインでは、これについて一切触れられていません。

 そこで何を対話すべきか、何を検討すべきかを明確にするため、合理的な考え方を示しておきたいと思います。

経営問題とその類型

 経営問題とは、現状と目指す姿とのギャップ のことです。次図をご覧ください。

経営問題の類型
それぞれ下のラインが現状で、上のラインが目指す姿

 健全な経営状態が、図中の基準です。図中にはいくつかの具体例を掲げましたが、企業の生態学2.企業の内部構造で解説したように、経営レベルではおもに経営資源に関する要素と戦略に関する要素です。そして「基準に達していない要素を改善する」タイプを発生型問題、「既存事業を強化する」タイプを探索型問題、「新規事業を開発する」や「想定されるリスクの回避方法を開発する」タイプを設定型問題といいます。
 日常会話で「問題」というと、何らかのトラブルや解決できないことを意味しがちです。しかしビジネスの世界での問題というのは、マイナス要素ばかりではなく、探索型問題や設定型問題のように未来に向かって進んでいくということも含んでいることに注意してください。

 経営問題の段階では事業レベルや業務レベルについては考慮しません。それは次の理由です。たとえば「生産性が低い」というのは事業レベルですが、それは「利益率が低い」という経営レベルの発生型問題として現れてきます。逆に言えば「利益率が低い」という発生型経営問題を(後述するように)分析していく中で、「生産性が低い」という事業レベルの問題に到達するでしょうし、さらに分析を進めていけば「IT化が遅れている」というような業務レベルの問題に行き着くでしょう。したがって、最初に経営問題を正確に特定しておくことが重要なのです。

 ところで、発生型問題は解決しなければならないでしょうが、なぜ探索型問題や設定型問題が経営問題なのでしょうか。
 たとえ経営状態が健全だったとしても、それはの話です。企業の生態学1.経営の外部環境で述べたように、マクロ環境は刻々と変化していきます。やがてミクロ環境が変化すれば自社に影響を及ぼすのでした。環境変化への適応を怠れば、近い将来に売上減少、資金繰りの圧迫という発生型問題が生じるかもしれません。そうなる前に先手を打って、販路開拓(新たな顧客層を開拓すること)や差別化された新商品投入、あるいは品質向上を図ることで競争優位性を築いていこうというのが探索型問題です。また外部環境変化で生じた有望なニーズを見出して、他社に先駆けて新規事業開発に取り組むという設定型問題は戦略優位性を築くためです。どちらの経営問題も、敢えてギャップを創り出し、そこへ向かって前進しようという、企業の力強い意思の表れなのです。

経営問題の分析

 さて経営問題が特定されたら、次のステップは『経営問題を分析する』ことです。経営問題というのは多くの要素が複雑に絡み合っているため、どのような要素が関係しているのかを解きほぐす必要があるのです。
 たとえば「経営資金が不足している」という経営問題に対して、不足しているなら金融機関から借り入れよう、というのは正しい問題解決ではありません(この間違いは中小企業支援において、ひじょうによく見受けられます)。なぜなら、経営資金が不足する原因を突き止め、その原因を改善しなければ、またすぐに経営資金不足に陥る可能性が高いからです。

 経営問題を分析する第一歩は『関係する要素を洗い出し分類する』ことです。たとえば「経営資金が不足する」という問題でしたら、まず「売上」と「支出」とに分類され、さらに前者は「客数」と「客単価」に、後者は「コスト」と「返済」とに・・・などのように要素分解されていきます。
 また「販路開拓」の場合でしたら、「ターゲット」「販売形態」「品揃え」「価格」「プロモーション」などと分解されていくでしょう。(この要素分解をするときに、マーケティングや財務など理論が役立つのです。)
 要素分解は、製造業でトラブルの原因特定のために用いられる『魚の骨』といわれるQCツールと本質的に同じです。

要素分解

 上左図は要素分解のイメージで、上右図は簡単な例(小規模の洋菓子店)です。要素分解において注意すべき点が2つあります。

  •  要素分解の方法は一通りとは限りません。「売上」を、「客数」「客単価」に分解してもいいですし、「市場規模」「競争力」と分解しても構いません。より明確に理解できる分解方法を用いるのが重要です。

  •  要素分解の作業中に「これが弱いな」「これが原因だろう」「これは無理だ」などと、各要素を評価してしまいがちです。しかし要素分解にあっては、各要素を評価せずに客観的に進めることが大切です。

経営課題の抽出

 経営問題の要素分解が完了したら、次のステップは『各要素を一つずつ検討する』ことです。すると各要素は、以下の3種類のタイプに分かれます。
 第1は「自分たちの力では変えることができない」タイプです。これを制約条件といいます。たとえばカキ氷屋さんの夏の売上が悪かったとしましょう。これを分析すれば「天候」という要素が現れます。「今年は冷夏だったからな。来年は猛暑の夏になればいいのに」と嘆いたところで、自分たちの力で猛暑にできるわけではありません。この場合、「天候」は制約条件なのです。
 第2は「解決しなければならない」タイプです。これを経営課題というのです。たとえば小売業で、客単価は景気など顧客の財布の緩み具合で決まってしまうことが多いですが、キャンペーンやイベントなどを開催することで客数を伸ばすことはできるはずです。ですから「客数を増加させる」というのは経営課題になり得ます。(注意;客単価を上げる方法もないわけではありませんが、そうすると来店頻度が落ちて、結局は客数減少をまねくこともあることに注意しましょう。)
 ところで制約条件だからといって諦めていいわけではありません。もちろん制約条件を変えることはできませんが、代替手段によって、制約条件に挑戦することも「解決しなければならない」経営課題になります。たとえば店舗販売をおこなっている多くの小規模事業は、商圏人口の減少や少子高齢化という外部環境変化により売上を落としています。もちろん商圏人口減少や少子高齢化は制約条件ですから、自分たちでなんとかするわけにはいきません。しかし移動店舗販売などの代替手段により新たな顧客層を開拓することはできます。したがって「販路開拓の具体策開発」というのも経営課題なのです。
 第3は「現状維持で構わない」タイプです。

課題の抽出

 上図は、経営問題を分析して、各要素を検討した結果のイメージです。上右図では、市場規模縮小は制約条件、商品とプロモーションは改善しなければならない経営課題、価格と販売方法は現状維持です。そして商品とプロモーションの改善により店舗売上は増えるかもしれませんが、人口減少による市場規模縮小を止めることはできません。やがては再び売上が減少してしまうことは明らかです。そこで制約条件である市場規模縮小に対して、代替手段である販路開拓をおこなう必要があります。したがって販路開拓も経営課題なのです。

解決シナリオ

 このように、経営問題を特定し、分析し、各要素を検討して、経営課題が抽出されるのです。つまり「取り組むべきこと」がはっきりしたわけです。しかし、まだこの先、それぞれの経営課題の解決具体策を考え、それを実行し・・・と、やるべきことがたくさんあります。ともすると「なんのために、これをやっているんだっけ?」ともなりかねません。
 そこで経営課題が抽出された段階で、それぞれの課題の位置付けを明確にしておくことが必要です。(図は解説のため簡単な例でしたが、実際にはもっとずっと複雑でしょう。)それが『解決シナリオ』です。各課題を構造化しておくのです。下図はそのイメージです。この解決シナリオがあれば、努力が迷子になることはありませんね。

解決シナリオ

 このように、経営問題の特定、分析、検討、課題抽出、解決シナリオ作成というステップは、きわめて論理的です。それゆえ論理思考が威力を発揮する分野です。
 これに対して、解決具体策の考案は創造的な局面ですから、弁証法思考が威力を発揮することも多々あることを書き添えておきます。詳しくは経営支援の思考法1.知識と思考をお読みください。


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