当事者くらいの勢いで持ってる意識なのに当事者にはなり切れない、と思ったのが、「親心」。

 お盆には姉の一家と弟の一家が来た。夕飯時には総勢11人で食卓を囲み、なぜか最後までテーブルに残って飲んでいたのが、わたしと姉と義妹だったのだが、姉と義妹との間で子どもトークが始まって、わたしは(やばい、母親は違う)と沈黙せざるを得ないシーンが生じた。

 別に姉と義妹は、子どもの愚痴とか言うこと聞かないとかお友達とああでこうでとかママ友もどきの悪口とか、そういう排出することに意味のある終わらない話のループに入っていった訳ではない。義妹がこの先生じてきそうな悩みについて姉に相談し出し、姉がそれに答えるという流れになったのである。

 その義妹の先を見越した悩みというのが、「保育園終わった後って、学童とかどうしたらいいんでしょうかね。なんか学校によって違うみたいだし、あ、おねえさん、○○小の学区だと、どうなんですか?あー、あっちの地区だとそういう感じなんですか……。なんか、××だとこうみたいですよね」「習い事とかも、やりたがったらさせたいんですけど……お迎えとか必要ですよね。先生とかも誰がいいのかよく分からないし……」「スマホとか、いつから持たせたらいいんでしょうか。なんかほら、今って、お友達同士でそういうのに絡んだいじめとか、聞くじゃないですか」とか、あー、めっちゃ細かくて具体的だ!と思いながら聞いていた。義妹はフルタイムのワーキングマザーで、姉は元教育者でふたりの小学生の母なので、質問するには格好の存在だと思うのだが、義妹と弟の間の子どもはまだ、4歳と2歳です!まだ保育園も3年以上通います!

 わたしは子どももいない独身女子(まあ1回結婚したけどな!)ではあるけれども、そこそこ、結婚や子育てや、既婚者の働き方や家事育児の問題やワークライフバランスの問題や、教育や保育園や待機児童や学校やPTAの問題や、関心もあり問題意識もあり、アンテナを張っていろいろ情報を吸収し、考えている方だと思っていた。しかし(やっぱり当事者にはかなわない)と思ったのは、ひとえに、自分には子どもがいない、っていうところだなあ、と実感した。

 というのも、率直な話、わたしは「好きにさせりゃあいいんじゃねえか」と思ったし、「習い事させようがさせまいが、大抵の習い事は将来に直接役立ちはしないし、好きなことは習わせなくても勝手にやる」と思ったし、「多少成長過程で失敗しようがつまづこうが、リカバリーできるから大丈夫。というか、リカバリーできるようにしとけば、どんなルートを通っても大丈夫」と思った。しかしそれは、わたしがそういうことを経た上で人生の後半戦に足を踏み入れたから言える話であって、「わたしは多少泥水の中泳いでも問題なく生きてきたから、あんたの子どもも泥水にぶち込んでも大丈夫」とは、ご本人には言えない。もし自分に子どもがいたらそういう風に子どもに向かえるのか、と考えたら確信は持てなかった。あと、子どもには苦労をさせたくない親心、とか、辛い目に遭って欲しくない親心、真っすぐに育って欲しい親心、とかについては、やっぱり自分に子どもがいないから、そういう心情の経験がない。だから、とても4歳と2歳の子どもの将来のスマホ所持の是非にまでは、思いは至らない。リスクと対策くらいは挙げられるけど、心配はできない。

 そして特にも、わたしには母性みたいなものがあまりないので、甥っ子や姪っ子に接する時は、「あー、わたしって叔父さんみたいだなあ」と思う。「伯父」ではない、「叔父」。このニュアンス、分かりますか?おかあさんみたいに優しくケアしてくれる「伯母・叔母」でもなく、おとうさん以上に厳格で頼れる「伯父」でもない。身軽で、好きなことしてて、イージーに生きる「叔父」だ。朝ドラだと、向井理さんの演じた「ととねえちゃん」の小橋三姉妹の叔父さんとか、峯田和伸さん演じる「ひよっこ」のみね子の叔父さん、みたいなイメージですかね。多分、だから、だと思うけれども、わたしは子どもと遊ぶのは好きだ。彼らと、ゲームしたり(オールドゲームに限る)、お話を聞いたり、愉快な一口話を披露したりするのは、「付き合ってあげる」「遊んであげる」意識でなく、真面目にエンジョイできる。

 なので、弟や姉などに(あ、この間は従妹の子どもとも遊んだので従妹にも)「付き合わしてごめんね」みたいなことを言われても、「まったく付き合っている訳ではない」と心から思えるが、やはりそれはそれで「叔父」なので、どんなに当事者に近い意識でいると思っていても、やっぱり当事者にはなり切れないなあ、と感じたのが「親の意識」だったという、今年のお盆でした。そうは言っても、「産んでから物を言え」みたいな社会に与する気は全くないし、そういう社会は、産んだ人も産まない人も生きづらい社会だと思うのでね。

 彼氏もまた「ほんとに人の親か」と思うような子どもみたいな人だが(そもそも父親像が「日本的厳父」とかいうよりもっと「best friend」みたいな感じなんだなあ、と思ったが)、いいなあ、と思うところは、まずは別れても経済的なサポートをちゃんとしているというところと(日本の離婚した父親の80%は養育費を払っていないのです)、あと、子どもたちがちょっと迷走したり危うい方向に行きそうになったりして心配したり気を揉んだり腹を立てたりしても「でも、彼らはいい人間だし、最終的にはうまくいく」と信じているところだ。

 余談だが、彼氏のおにいちゃんの息子たちが、マリファナばかり吸って稼がないので、おにいちゃんが根性叩き直すためにブートキャンプにぶち込んだことがあるそうで、「日本にはそんなところないよね?」と訊かれたのだが、戸塚ヨットスクールしか思いつかなかった(若い人には分からなさそうだ)。あの、日本にはブートキャンプ、ないですよね?

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菊池とおこ

いちにち・いちとおこ

日記のようなブログのようなエッセイのようなコラムのような。恋愛のことや、結婚のことや、助平なことや、時に真面目なジェンダーのことなどが、主な関心事。
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