歪んだ男性像を修正する、そんなリハビリ。

 元夫がどんな人だったかをすごく簡単に言うと、「嫁は、俺が今何をして欲しいと思っているかを読み取って、言われなくてもやって欲しい」という人だった。皆さん、できますか?

 この課題をクリアする際の厄介ポイントは、2つある。「何をして欲しいかは明示的に示されない」ということと、「何をして欲しいかはその時々で違う」ということだ。

 まず、「何をして欲しいかは明示的に示されない」点。明示的に示されないので、こちらは、相手の表情やほのめかし、シチュエーションや過去の経験など、常にモニタリングして備え、予想し推測し、答えを出さなければならない。「気づかなかった」はNGだ。なぜなら、「言わなくても読み取る、察する」ことを求められているからだ。わたしが元夫の希望に応えられなかった結果、「何をして欲しいのか」が明らかにされないまま、走る車の助手席で2時間、責められ続けたこともある。「しなかったこと」ではなくて、「するべきことに気づけなかったこと」「気づいて行動できない能力の低さ」が詰られるのだ。

 答えを導き出したとしても安心はできない。過去のあるシチュエーションでとったある行動が正解だったとしても、今回の同じシチュエーションでとった同じ行動が正解だとは限らない。なぜなら、「して欲しいことはその時々で違う」のだし、その行動が正解かどうかを決める唯一の基準が、「その時の俺の気持ち」だからだ。元夫は、外食の時は自分の行きたいところに勝手に連れて行くタイプだったが、ある時「何食べたい?」と訊かれて何気なく「あなたは何食べたい?」と返したら、「俺が訊いてるんだ!」と恐ろしい形相で怒鳴られ、それから大変なことになった。その時の「俺の気持ち」が「嫁の食べたいところに行く」だったからだ。

 そんな訳なので、わたしは無意識のうちに、男の人と一緒にいる時は、「相手が何を望んでいるのかにアンテナを立てておくこと」「相手の望む答えを提供すること」がデフォルトになっていたように思う。勿論、楽しい時もあったし、笑い転げることもあった。けれどおそらく、どんな時もリラックスしてくつろいでいた訳ではなかったのだなあと思う。

 それに初めて気が付いたのは、彼氏との初めてのデートの時だった。

 彼氏の運転する車に乗って出発しようとした時、モニターに赤いサインが点いてアラームが鳴った。わたしは彼氏に、「ちょっと停めて。多分、ドアが開いてる」と言った。彼氏は車を停めて運転席のドアを閉め直し、再度出発させて、笑いながらこんな冗談を言った。「トーコちゃん、ケイサツみたい。死ぬ時は死ぬから、ダイジョーブ」。

 わたしも思わず「いやだ、死なないでよ!」と笑い出したのだが、その時わたしの頭の中では、価値観のコペルニクス的転回、くらいの構造変革が起こっていた。そうだよね!半ドアくらいで、別に世界が滅ぶ訳じゃなし!

 というのも、元夫と車に乗る時は、粗相しないように常に気を付けていなければならなかったから。元夫がドアのロックを解除しないうちに開けようとするとすごく怒られたし、わたしは今でも彼の車の中で物を食べることが可だったのか非だったのか分からない。でも、よくよく考えてみれば半ドアだって死ぬ時は死ぬからダイジョーブ、なんだから、ロック云々何程のことぞ。

 次のデートでも、もうひとつ殻が割れた。彼氏が勧めてくれたものを、「これじゃないほうがいいな」と意見を述べてみたのだ。彼氏がキレるんじゃないか、怒り出すんじゃないかとどきどきしたが、そんなことは何ひとつ起こらなかった。彼氏は穏やかに、「okay, じゃあこっちは?」と別のものを勧めてくれただけだった。

 わたしはその時、「自分の気持ちを素直に言ってもいいんだ!」と感動した訳ではない。「相手の思っていることをあたかも自分が自発的に思っていたことであるかのように言わなくてもいいんだ!」と感動したのだった。嫌ですね、若干、根が深い。

 そういう気づきから始まって1年半、彼氏とお付き合いする過程は、元夫と一緒にいることで出来上がったおかしなマインドセットが、解けていく過程と重なっている。

 例えば、男の人は別に突然キレる訳じゃない、とか、自分と意見が違っても怒り出さない、とか、分からなかったりできなかったり間違えたりしても責められない、とか、一緒にいる時、相手の考えることにいつも敏感になって行動できるように備えておく必要はなく、気を抜いてリラックスしていていいのだ、とか、そういったこと。

 わたしは今でも「何食べたい?」と訊かれることが苦手だが(反射的に心が身構えてしまうのだ)、彼氏はデートの時は必ず「何タベタイ?」と訊く。ついつい(彼氏は本当は何が食べたいのかな?)(どこなら行ってもいいと思っているのかな?)という方向に考えがちで、あれだけ怖い経験をしたのにも関わらず「あなたは何食べたい?」と訊き返してしまう自分にもびっくりだが、そう訊くと、彼氏は「you♡」と言うのだ。笑うしかない。

 彼氏は、わたしが何を食べたいと言おうが、「あなたは?」と訊き返そうが、否定したり怒り出したりはしないのだ。自分の内心思っている通りに物事が進むことを要求している訳ではなくて、わたしがどうしたいのかを知りたいのだ。

 なのでわたしは、自分のしたいことや欲しいこと、食べたいもの、なんかを口に出すことが、だんだんできるようになってきた。リハビリしてるな、と時々思う。そして、その、治ってきている感が、心地いい。

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これまで「ますますいい仕事でお返しします!」としておりましたが、体調がままならない現在は、頂いたサポートはわたしの健康回復(多分鍼治療?)に注ぎ込む所存でございます。

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菊池とおこ

ライター。社是(?)は「女子のエンパワーメント」、扱うテーマは恋愛・結婚・ジェンダー・助平など。真面目な執筆:女性向けマネー&ライフメディア「DAILY ANDS」、教育メディア「cocoiro」。ユルい執筆:「佐伯ポインティの猥談タウン回覧板」の助平エッセイは完結。

いちにち・いちとおこ

日記のようなブログのようなエッセイのようなコラムのような。恋愛のことや、結婚のことや、助平なことや、時に真面目なジェンダーのことなどが、主な関心事。
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