晴れた日には空を仰いで/-sweet teenager 7-
(※12歳は teenager ではないんですけど、それはそれ、で)
小学六年の夏休み最後の日に、初潮が来た。その日は水泳大会で、六年生クロールの最速一、二を争う大場のバカとの対決は、お流れになった。あたしはすごく不本意な気分でプールサイドにジャージ姿で座っていて(プールにいるのに水着じゃないなんて初めてだった!)、同じように(多分)生理中の何人かの女子と一緒に男子の冷やかしを受け(すごいムカつく!)、なのに一番先頭に立って囃すと思った大場のバカときたら「やめろよ」なんて仏頂面で乗りが悪く(「何、お前、照れてんの?」なんて逆に標的になってた。当たり前だ。なんてゆうの、ギマン!)、とにかく何もかも不本意な気分で、水泳大会は終わったのだった。
あたしはその日、いつもつるんでいるやっこちゃんや真理ちゃんたちと帰りたかったんだけど、なぜかいつのまにか同じようにプールサイドのベンチに座っていた倉茂さんと帰る約束をしてしまい、やっこちゃんたちにもごもごと言い訳をして、教室を早々に飛び出た。
倉茂さんは学年で一番大人っぽい。もちろんこの場合は、雰囲気が、とかじゃなく(それもあるけど)、体が、ということだ。倉茂さんはふんわり柔らかく太っていて、グラマーだ。ピンクのブラジャーをしている(服の上から透けて見える)。ということは、子供用のスポーツブラじゃなく、大人用のレースのついた(多分。これはあたしの妄想)ブラをしているってことだ。そんな子は、学年にひとりしかいない。
「水泳大会、出られなくて残念だったわね」
「あ、うん、大場のバカと宿命の対決のはずだったんだけど」
「ふふふ」
倉茂さんと話していると、自分の言葉が子供っぽいバカげたもののように聞こえて参る。
「大場くん、多田さんをかばってたでしょ」
「かばってたぁ?あたしを?」
あたしはその発言にあきれた。
「大場くん、多田さんがすきなのね」
「冗談!倉茂さんは、あたしと大場の戦闘の数々を知らないから!」
倉茂さんはそれには答えず、遠い目をした。
「……大場くんて、かっこいいよね」
倉茂さんはあたしに顔を向けて、にっこりする。
「わたし、憧れてるの。大場くんに。多田さんは大場くんと仲良くて、羨ましい」
「な……仲いいって、倉茂さん!」
「じゃ、わたしここからバスだから。」
そう言って倉茂さんは手を振った。記憶に残る大場の顔は、にくらしいしかめっ面しかない。その大場があたしをすきなんて、倉茂さんの感性って、ナニモノ?しかもその落ち着いた倉茂さんの笑顔が目にいつまでも残って、いやおうなしに大場のバカのことを考えてしまう。もう、なんとかしてよ!
生理二日目、新学期。体が一番しんどくなる時、だそうだ。確かに腰のあたりが重だるく、おなかがぐるぐると痛い。
昼休み、あたしは屋上に上って校庭を眺めていた。たくさんの生徒が、走ったり、サッカーしたり、おにごっこしたりしている。そこから離れて上から見ていると、そうやってみんながおんなじことに熱中しているのが、不思議な気がした。
「おい」
ふいに呼ばれて、ゆっくり振り向くと、そこには大場がいた。なにか、怒ったような真面目な顔をしている。
「水泳大会、来年でリベンジだからな。逃げんなよ」
あたしは大場の顔をじっと眺めた。にくまれぐちもたたかず、きっと口を結んであたしを見ている。緊張してんなぁ。変な余裕を持って、そう思った。
大体来年なんて中学だ。中学の体育は、男女別じゃん。
あたしは急におかしくなった。ちょっと口の先っぽがむずむずとした。
「……あんた、あたしのことすきなら、はっきりそう言いなよ。」
大場はみるみる赤くなった。
「ふざけんな、いい気になってんじゃねえぞ!」
すごい勢いで走り去っていく背中を見ながら、あたしは笑った。これはあたしたちの格闘の歴史の続きなのか、それともステージ2が始まるとこで、新しいレディ!が鳴るのか。
頭の上には、目に染みるほどの秋晴れの空。
おなかが痛いのも、らしくない大場のバカも、水泳大会リベンジも、いいじゃん。みんな大人の味だよ。
その味を、あたしはもう一度、味わいなおした。新鮮な秋の空気の味がした。
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カバーフォトは、「みんなのフォトギャラリー」より、青山 裕企 さんの写真を使わせていただきました。ありがとうございマス!
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