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元夫の失踪の、その後。

 誕生日で彼のところに行ってきたついでに、結婚していた時の街はその隣の市なので、通りすがりに元夫の店に立ち寄ってみた。離婚してから初めて、敷地内に立ち入った。

 駐車場に車を入れると、敷地内には売り物の中古車が雑然と並んでいた。多分、仕入れて搬入された直後、そのままに放置されたのだな、と思った。整備もしてないし、中の掃除もしてないみたいだったから。そのうちの何台かにはテープが張られ、タイヤロックがかけられていた。近づいてよく見てみると、地方税の滞納による市の差し押さえだった。

 店舗に近づいてガラス越しに中を覗いてみる。店内はごたごたと物が散らかり、廃墟みたい。多分債権者が中に立ち入っていろいろ検分したのだろうと思う。大きな段ボールに店名が書かれた札の貼っているものが放置されていて、多分車のメーカーから寄越された新年初売り用のノベルティだと思った。でも彼が失踪したのは夏のことだから、多分去年の残り。奥に仕舞っておいたんだろうな。もう年末だ。本当ならそろそろ新年の対応準備をしていて、今年のノベルティも取り寄せていた頃だろう。3年前のあれは、妖怪ウォッチのキャラクターだったな。

 バイクが何台か。結婚した時に彼が買ったBMWが見当たらない。タンデムでツーリングに行くって言って、購入したツアー用の大きなやつ。彼の初めてのバイクで大事にしてたカワサキの ninja だけ残ってる。そうか、そっちは手放せなかったんだね。そう思ってたら、横の一台がBMWだと気づいた。カラーが違う。赤がホワイトになってる。パーツを取り替えたか、塗装し直したんだな。ふふ。思い出の塗り替えをしたんだろうか。そう思ったらちょっと可笑しかった。

 わたしが連帯保証してた積載車は、店の前にきちんと停まってた。几帳面に、真っすぐな角度で、ガラス戸にぎりぎりに寄せて、きちんと。彼はそういう、車に対して几帳面なところがあった。位置とか。角度とか。タイヤは絶対曲がってなくてハンドルが真っすぐな状態で停めるとか。ナビとかレーダーのようなカーアクセサリーを設置する時も、もの凄く上手に、配線を内壁の内側に隠した。きれいだった。

 誰もいなくて、がらんとした空き店舗になっていて、全てが雑然と放置されて、3年前自分がここで働いていたとか道具や書類を整理整頓してあの場所やこの場所に収めていたとか、嘘みたいだった。差し押さえの赤札が現実的だった。こうやって、彼の残したものは、全て債権者に分割されていくんだな、と思った。

 5分だか10分だか、そのくらいだけとどまって、それから車に乗り込んで店を後にした。工場のシャッター前に置いたベンチで、つなぎ姿の彼が作業の合間に休憩を取る姿を、用足しとかから車で帰ってくる時に遠くから見るのが好きだったなと、ちょっとだけ思い出した。

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