自分の力を自分のためだけに使わない、ということは、特別なことでも難しいことでもないんだ。

日本の社会は、一組織の中で生きないと経済的に暮らしにくい国で、逆にそのことで多くの人が人生の中で本当に大切にすべきものを見失いやすくなっていると思えます。貴女は私同様、そういう一見「楽な」道とはずれながらも、個人として、自分の人生経験をいかして自分なりの生き方で社会ともポジティブに関わり続ける人とお見受けしました。今後ともご自分の道を切り開け、その理解者も身近におり、大切な物はきちんと大切にできる人生を歩まれると思います。

 これは、少し前に頂戴したシカゴ大学の山口一男先生のメール、お礼の返信にさらに頂いた返信の一節だ。私信だし、なんか自慢くさくなるので、手紙文を公開するのはいかがなものなのかな、と思っていたが、先日上野千鶴子先生の東大入学式の祝辞をきっかけに、「エリートが下々の者に恩恵を施す責任」について賛否が飛び交っているので、これを皆さまに公開するのは意味のあることなのじゃないかと思う。

 そんなの、エリートの特別責任でもなければ、大仰に議論するようなことでもないんだ。

 わたしは国を動かすようなポジションにもいなければ企業のトップでも中枢でも基幹労働力でもないし、あの、地位を確立した影響力ある物書きの人が言いがちな「一文字何円で請け負って安い原稿を書くのでライター全体の地位を下げる」タイプの下々のライターのひとりだ。それでもわたしは同じように下々の女の子たちに伝えたいことがあるので、伝えたいというのは、しんどいのは君たちのせいじゃないし君たちの道の一歩先にはわたしもいるよ、ということを伝えたいので、自分の手の及ぶ範囲でそれをやっているだけ。

 あーまったくぎょうかいのメインシーンみたいなのからはぽつりとりのこされてるなー、まあしょうがないなー、いかにしておかねもうけするかとかかちぐみにはいるとかフォロワーをふやすとかそういうのしょうさんしないとなかまにいれてもらえないようなふんいきあるもんなー、となかば諦観しながら田舎の片隅でひとり原稿を書くような毎日の中で(うちはまじ田舎だよ!人口は1万人いないし、隣の市から来るときは「簡単。最初の信号を過ぎて次の信号が見えたら〇〇町」ってジョークがあるから。50km、車で1時間くらい走ると次の信号だから。そういうところでも普通に仕事はできるし、楽しく生きられるわよ)、山口先生のメールは、ああ、このままこの道を進んで間違いではないんだ、とあらためて目が開くような、同じ道の遥か先でこちらを振り返り黙って温かく見守ってくださっている存在に初めて気づくような、そんなメールだった。泣きそうになったし、このメールをおかずにいっしょう白飯がくえる、みたいな気持ちになった。

 でも普段あんまりメールも届かずあんまり開けもしないトーコ用のメールボックスの中で、『シカゴ大学の山口です』の冒頭一文が目に飛び込んできた時は、見慣れなさすぎて(えっ…誰)と思った。だって、まさか山口先生からメール頂戴するとは思わないし、誰かの悪いジョークか詐欺メールかと思うじゃん!

 自分の力を自分が得するためだけに使わない。特別なことでも難しいことでもない。そして山口先生がおっしゃってくださったように、それは「自分の道を切り開け、その理解者も身近におり、大切な物はきちんと大切にできる」とても楽しく幸せな道だと思う。その道は(自分、自分のやりたいことを自分でドライブしてる!)とごきげんになっちゃうような、自分のための道だ。誰かが褒めそやしてくれるからじゃなくて、注目してくれるからじゃなくて、行使できる力に悦に入れるからじゃなくて、自分ひとりで走ってたって全然楽しい道。それは、自分と同じように走っている人たちが周りにいて、先のほうでは先輩方が、置いてけぼりにするんじゃなくて時にスピードを緩め時に路肩に停めたりして、こちらを振り返って見ててくださる道だから。

あなたたちのがんばりを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください。恵まれた環境と恵まれた能力とを、恵まれないひとびとを貶めるためにではなく、そういうひとびとを助けるために使ってください。そして強がらず、自分の弱さを認め、支え合って生きてください。女性学を生んだのはフェミニズムという女性運動ですが、フェミニズムはけっして女も男のようにふるまいたいとか、弱者が強者になりたいという思想ではありません。フェミニズムは弱者が弱者のままで尊重されることを求める思想です。
(上野千鶴子、平成31年度東京大学学部入学式祝辞抜粋)

 これが、先の方でわたしたちを振り返り待っててくださる言葉でなくて、何なんだろうか。「あなたたちは特権的なリーダーなんだから、下々の者にやさしくしなさい」という言葉ではない。「強い人も弱い人も、同じ道を走っているのよ」という、同じように道を走る先輩のメッセージなのだ。


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カバーフォトは、「みんなのフォトギャラリー」より、りさ さんの写真を使わせていただきました。ありがとうございます。

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