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【過去企画レビュー③】2011年を振り返る〜ネット史〜

どうも、とこがく副幹事長の川井梓です。好きなムシキングのつよさ200はマンディブラリスフタマタクワガタです。

ラブコメ談義、就活と続いてレビュー企画第三弾は、2011年をネット史から振り返るややお固めの企画です。ちなみにこの企画は2021年の3月に開催されました。

サブカル思想史的にはゼロ年代というのはいまだに多くの人を惹きつけます。要は2000年代のことですが、2011年の震災を境に様相は大きく変わります。ざっくり言うとあらゆる作品が震災から逃れなくなりました。
あらゆるは流石に言い過ぎですが、震災と無関係でいることが難しくなったのが10年代なのです。

しかしこの10年代、ゼロ年代批評ほどの盛り上がりは見られませんでした。ゼロ年代の批評家が10年代も一級線で活躍し、ついぞ世代交代は起きませんでした。その意味では空白の10年とも言えるかもしれません。

そこで本企画では2011年がどんな時代だったのかを、サブカルやネットで起きた出来事から考えていきました。

はじめに2011年を象徴する出来事や作品、コンテンツを挙げます。

  • まどマギ

  • キメラこなた騒動

  • やる夫スレ

  • Web投稿マンガ

  • アンサイクロペディア

  • Twitter

  • 2ch vs まとめサイト

まどマギ

サブカル思想史における10年代のマスターピースは『魔法少女まどか⭐︎マギカ』(以下『まどマギ』)で間違いないでしょう。先の展開が読めないダークな魔法少女のオリジナルアニメはネットにて無数の考察がなされました。
特にクライマックスでは震災による放送延期があり、1ヶ月ほど経て深夜のラスト3話一挙放送は異様な盛り上がりを見せました。サブカルと震災の結びつきが強まったのもここに所以してるかもしれません。

キメこな騒動

2011/04/21にまどマギ完結編が放送された頃、水面化で別の事件の火種が生まれようとしていました。2011/04/28に東浩紀が梅ラボの「キメラこなた」を用いた作品を絶賛したことです。

知らない人のために解説すると、「キメラこなた(通称キメこな)」はふたば生まれ4chan育ち、『らき☆すた』の泉こなたを軸に、無数のキャラクターたちがキメラのように結合した、ネット住民の集合知のようなキャラクターです。

画家が絵の具を素材に作品を作るなら、梅ラボの作風はネット上の画像を素材に作品を作るというものです(彼の作風も震災を機に変わりますがそれは割愛)。だから著作権的には限りなく黒に近いグレーかアウトだったり、ネット集合知を掠め取るような態度は大変オタクの不評を買いました。

そして2011/05/17に発売された『美術手帖』に梅ラボの「キメこな」が掲載されると、我が物顔でネット画像を盗用+商業の匂いにオタクが大反発し炎上します。以降はPixivを巻き込んだ大騒動に発展するのですが長くなるので書きません。

ここで重要なのは10年代の初め、震災の直後にネットオタクと言論界隈が袂を分けたということです。これが10年代が空白になった最大の要因と言っても言い過ぎではないと思っています。

では梅ラボおよび彼が所属するカオス*ラウンジは一体何をしたかったんでしょうか。彼らが2010年に表明した宣言を聞いてみましょう。

個人的にこの宣言はけっこう好きなんですよね。わかりやすいのは梅ラボの意訳です。

2000年の初め頃に村上隆などがやったおもしろいことや提言が最近のアートフェアでは忘れられていて、今のアートの世界は焼け野原のよう。
しかしネットではそれとは別のおもしろいことが起きている。その面白さは、作家が自分の知性や感性などをもとに作品を作るような今までのアートとは違う仕組み。自動的に演算される計算式のような仕組み。増え続ける無数のSNSやアカウントのような感じ。
そこには内面など無いように見えるが、そもそも今のアートが面白くないしネットの方が増殖力があってカオスでむしろこっちのほうがアートでしょ!と言いたい。
この勢いで祭をネットでも現実でも起こしていけば、描き続けて演算し続けていけば、ネットの仕組みと人間の内面が合体したようなすごい爆発が起きる。
その爆発は今まで起きていなかった。起きようとしても、見てみぬフリをされていた。それを起こす。2010年代のアートを始める。だからみんな、よろしく頼む。
https://umelabo.hatenablog.com/entry/20100404

昨今のmimicの際に真っ先に思い出したのはこの宣言です。ただどうしても自分の創作物を「作品」として発表してしまうとただでさえ盗用で印象悪いのに「作品未満の作品を作品にしてやった」というウエメセ感も出てしまうのでね。ネットとアートの相性の悪さを超えられなかった感じはします。

やる夫スレとWebマンガ

要は彼らが言う「作家性」に目覚めてしまった作品未満の作品は、本当に作品未満の作品だったのか?それを作品にする必要はあったのかという点じゃないでしょうか。

代表例を挙げると、「やる夫スレ」と「Web投稿マンガ」です。

「やる夫スレ」は2ch発キャラや版権キャラのAA(アスキーアート)を使って物語を創作するもので、長期連載しているものもあります。
2007年「やる夫が小説家になるようです」や2008年「やる夫が徳川家康になるようです」あたりが有名か。
震災を機に投稿されなくなる作品があったり、小説投稿サイトの整備によって衰退した感は否めないものの震災後も一定程度の勢力を誇っていました。2014年「ゴブリンスレイヤー」は書籍化、アニメ化もされました。

Web投稿マンガもそうで、「THE PENISMAN」の作者は石〇スイさんだと言われていますし、「ワンパンマン」も今では超人気マンガです。

つまりカオス*ラウンジの介入なくともひとりでに作品になるものはあり、素材へのリスペクトがあったとしても伝わんなかったのは致命的だったと思います。

余談ですがアスキーアートなんてアートの素材としてめっちゃいいと思うんですけどね。なんてレポートを書いたらA+が来ました。

アンサイクロペディア「栄村大震災」

大黒岳彦(2016)は2011年を、震災後のテレビの情報統制などから、主導メディアがテレビからネットワークメディアに交代した決定的な年だと評しましたが(注1)、アンサイクロペディアの「栄村大震災」の項もそのひとつの例だと言えます。

https://ja.uncyclopedia.info/wiki/栄村大震災

もちろんいかなる記事であってもその真偽には細心の注意を払うべきですが、マスメディアの速度をネットワークメディアが上回った象徴と言えるでしょう。普段ふざげているような百科事典サイトが一番真実に近そうなことが言える媒体になっているのはかなり決定的な事件です。

Twitter

速いネットワークメディアといえばTwitterですが、以下の図から、震災のときはまだ発展途中のメディアであることがわかります。リアルタイム検索やトレンド機能など私たちの生活に当然のように組み込まれているものは震災の少し後に実装されたのですね。ちなみにガラケーをスマートフォンが超えたのは2013年です。「バカッター」とリンクしているのも面白いですね。

Twitterの歴史(表は著者作成)
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h29/html/nc111110.html

2ch vs まとめサイトの時代

上で見た通り、Twitterはまだ2011年の段階では成長段階だったことがわかります。ならネットユーザーはどこにたむろしていたのでしょうか。

それは2chかまとめサイトです。今でも沢山ありますが、アフィリエイトで広告収入を稼ぐアフィブログが当時猛威を奮っていました。

有名なのは「や〇おん!」過激な対立煽りと売上至上主義でアニメを語る仕草は今でもオタクの脳を侵食しています。
2011年から2012年にかけて数々の騒動を起こした「や〇おん!」は、2012年6月にその他有名(悪名高い)まとめサイト複数と共に2ch転載禁止命令が下されました。

そしてまとめサイトに起きた大事件は2013年8月の2ch個人情報流出騒動と2014年2月のアフィブログ連続炎上騒動です。前者ではまとめサイト管理人による荒らし行為や自演、誹謗中傷行為が明るみになり、閉鎖するまとめサイトも出ました。後者では、ある事件を機にアフィリエイトブログが集団で組織的に運営されていたことが明るみになりました。

これらの事件を機に2014年3月には大規模掲示板が相次いで転載禁止を打ち出し、まとめサイトの時代は終わりました

といっても転載可能なおーぷん化された掲示板の誕生、Twitterからの転載、自ブログについたコメントをまとめる永久機関戦法を用いるブログもあり、まだまだその影響力は大きいです。

その後の大きな事件は2017年のヤフコメ複垢規制と5ちゃんねる化、2021年のヤフコメ規制強化などです。

おわりに

本企画は2011年に起こった事件を中心に2011年がどんな時代だったかを振り返りました。

2022年現在はまとめサイトもヤフコメもTwitterも依然として大きな勢力を持っていて群雄割拠の時代とも言えるかもしれません。
あるいはもう主導メディアはInstagramや TikTokにとっくに移行しているのかもしれません。

2020年代は間違いなくAIが大活躍します。mimicの騒動もキメこな騒動をもっとちゃんと精算していたら違った未来があったように思います。
来る未来のために、10年代や2011年を振り返ることは重要かもしれませんね。


(注1)大黒岳彦『情報社会の〈哲学〉ーーグーグル・ビッグデータ・人工知能』勁草書房、2016年

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