悲壮感ゼロ! “家なし生活”を満喫する人たちが増加中! むしろ勝ち組(!?)な新人種「積極的ホームレス」の生態!!

ブログやSNS経由で宿泊場所や仕事を提供してもらい、気ままな移動生活を楽しむ。そんな新人種が登場した。なぜ彼らはあえて“家を持たない生活”を選んだのか!? そして、どんな日々を過ごしているのか!?その生態に迫った!!

彼女にフラれたのを転機に
価値観が大逆転!

「バレンタインのチョコをもらえると思ったら別れ話をされて、同棲していた家を出ることになったんです」
 2014年2月、彼女に別れを告げられた坂爪圭吾さん(30歳)は、雪がしんしんと降り続く夜に〝ホームレス〟になった。親しい友人に事情を話して何日か泊まらせてもらったものの、そんな友人の数にも限りがある。
 当時、坂爪さんは新潟と東京を行ったり来たりしながら料理教室を開いていた。意を決し、東京へ出発する前にフェイスブックで事情を公開したところ、家に泊めてくれる人や、食事をごちそうしてくれる人が次々に現れ、まさかの〝順番待ち〟状態に。
「僕と会うための予約待ちって意味がわからないですよね(笑)。住む家がなくなって不幸のどん底にいると思ったら、そのあとのほうがすごく豊かだということに気づき、価値観が大逆転した感じでした。その後、『やって欲しいことがあったら僕に声をかけてください』と言っていたら、あちこちから声がかかるようになりました」(坂爪さん)
 いわゆる〝なんでも屋〟だが、坂爪さんはお金をもらわない。そのかわり、一宿一飯のお世話になり、お土産をもらうこともある。農作業を手伝いに行くと、野菜やお米を持たされることも。
「お金を持っていても、いざとなったときに助けてくれる人はいないかもしれないですけど、こういう人と人のつながりは、いざというときにもなくならない」(坂爪さん)
 坂爪さんはこうした自身の活動を「奴隷経済」と名づけた。言葉の印象は悪いが、「僕を好きなように使ってください」というものだ。
 すると、その境遇や活動を面白がってくれる人が次々に現れ、これまでに自動車、バイク、テント、寝袋、iPad、航空券、食料など、ありとあらゆるものをタダでもらい、カンパまでくれる人も。
 さらに「もしかしたら〝ホームレス〟にこそ未来のヒントがある」と思い、自分が感じたことをブログやSNSで発信するようになると、「交通費を出すから、泊まりに来てくれませんか?」という依頼まで届くようになった。
「僕は、家がなければ生きていけないと思ってました。住む場所がなくなったときは、帰る場所がなくなったと感じたんですが、じゃあ、家があったときに(精神的に)帰る場所があったかと考えると、そうでもない。たくさんの人のお世話になりながら、人とのつながりがあれば人間は死なないということに気づきました。人間にとっての最大の地獄とは、過酷な状況に陥ることではなく、その状況の中で、自分を助けてくれる人が誰ひとりとして存在しない状況を指すのではないでしょうか」(坂爪さん)

いばや通信 http://ibaya.hatenablog.com

ホームレスになって
引っ張りだこに!

 大阪で10年間ほど売れない芸人をしていた小谷真理さん(32歳)は、相方にコンビを解消され、ラストチャンスにかけて上京。先輩芸人のキングコング・西野亮廣さんの家に転がり込んだが、西野さんのアドバイスで、2か月ほどしてホームレスになった。
「ほんまに食べるもんもないから、公園のおっちゃんらに混じって炊き出しに並んだり、コンビニでダンボールをもらって寝泊まりしたりしてました。それでツイッターで『今日の寝床はどこでしょう?』というクイズをやっていたら、それまで1日数件だったコメントが、50、60件も書き込まれるようになったんです。いつも誰かが見てくれているという喜びがあったので、悲壮感はなかったですね」(小谷さん)
 そのうち小谷さんは、無料でつくれるネットショップで、〝自分人身売買〟の店「(株)住所不定」を立ち上げ、自分の1日を50円で売ることにした。
 それが大当たりして、すぐに完売状態。草むしり、引っ越しの手伝い、ペンキ塗り、飲み会の人数合わせ、うつ病患者の話し相手、ヌードモデルなど、交通費を出してくれればどこにでも行った。
「50円で買ってもらうんですが、昼ご飯や夜ご飯、飲み代など、結局、それにプラスしてかなりの額を払ってくれる方がほとんど。そのうえ感謝までされるのでありがたいですね」(小谷さん)
 そんな生活を続けていた13年10月、名古屋の女性から「鬼ごっこをしてほしい」という依頼が届いた。
 名古屋に行き、依頼どおりにふたりで鬼ごっこをした翌日、彼女はそのまま大阪のイベントに行く予定だった小谷さんの新幹線代を払い、ついてきた。そして、翌日、東京で友人と飲み会があるけどお金がないと小谷さんが言うと、彼女は再び新幹線代を払って東京までついてきた。
「その飲み会の席で、もう付き合っちゃえばという話になりまして……。すると、彼女が『付き合うのは嫌だけど、結婚ならいい』と言うんですよ。まさかという展開で、そのままドン・キホーテで印鑑と結婚指輪を買って、渋谷区役所の夜間窓口に婚姻届を出しました(笑)」(小谷さん)
 翌日、再び名古屋に行って、彼女の両親への挨拶をすませると、年末には夜の遊園地を貸し切って結婚式を開いた。その費用はクラウドファンディングで集めたという。なんともすごい勢いである。
 だが、結婚こそしたものの、小谷さんは相変わらず1日を50円で売るホームレス生活を続け、彼女は愛知県の実家に暮らしている。
 驚くことに、最近では「自分のかわりに海外へ行ってきてくれ」という依頼まであるそうだ。もちろん、報酬は1日50円だが、往復の航空券代は出してもらえる。
「『ソウルに行って現地の天気を見てきて』とか『台湾にいる友だちが元気か会ってきて』とか『ビジネスクラスは快適なのか体験してみて』といった依頼がありました(笑)。もちろん、現地に行ったら何もアテがありません。お金もないから、誰かと仲良くなって食事をごちそうになったり、泊めてもらったりします。お願いする前に、まず友だちになることが大事ですね。そうすれば、困っている僕を助けてくれるんです」(小谷さん)
 小谷さんの座右の銘は「他力本願」。ホームレスになってお金と向き合って、幸せと向き合って、今までの価値観とは違うモノサシを得られたという。

(株)住所不定 http://yugamigachi.thebase.in

家賃の心配がなければ
自由に仕事ができる

 女性の〝積極的ホームレス〟も出現している。
 デザイナーの坂本智佳子さん(チカコさん)は、今年7月に30、40代の女性3名で、「日本旅女連盟」と名付けたグループを立ち上げ、旅をしながら情報発信していくことにした。
「旅というよりは移動生活ですね。家を引き払って、パソコン1台でデザインの仕事をしながら、行きたいところに行き、好きなところに好きなだけいて、また移動する感じです」(チカコさん)
 それまで東京都内の家賃6万2000円のワンルームマンションに暮らしていたチカコさんが、こうした生活を始めたきっかけは勤めていた会社からの独立だ。けれども、なかなか踏ん切りをつけられない。その最大の理由が、毎月の家賃への不安にあると気がついたのだ。
「パソコンさえあればどこでも仕事ができるし、家賃を払う心配がなければ、もっと自由に好きな仕事ができるはず」(チカコさん)
 そう思ったチカコさんは、さっそく家を引き払い、この9月から移動生活をスタートさせた。最初の滞在先は長野県内でイベント開催や塾経営をしている友人宅。一定期間の食事を提供してもらうかわりに、名刺とホームページをデザインした。
 その後、友人からの紹介やSNSなどを通じて、りんご農家のパンフレットをデザインしたり、静岡のお茶農家にパッケージのデザインをしたりもした。東京に住んでいたときに請け負っていた定期的な仕事も続けており、多少の現金収入は得ているものの、移動先では基本的にデザインと引き換えに食事や宿泊場所を提供してもらっている。
「同世代の女性は、キャリアもあるし、婚活をして安定を求める人が多い。でも私はもっと違う自分の道を探したいと思ったんです。結婚して家をもつ……という一般的な価値観にこだわらずに、私自身の人生を自分で創っていきたいと思って」(チカコさん)
 その後、チカコさんは台湾に滞在した。

 ホームレス……つまり家がない状態は、本当に不幸なのか。彼らの活動と、そこに集まる人たちの関係を見ていると、何が幸せなのかわからなくなってくる。

取材・文/新井由己
『週刊プレイボーイ』46号(2015/11/12)より転載

【参考記事】
自分シェアリングのススメ|新井由己|note
「お金」は気持ちを伝えるひとつの手段|新井由己|note

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