自分シェアリングのススメ

 2014年、雪がしんしんと降り続くバレンタインの日に、彼女に別れを告げられた坂爪圭吾さんは、同棲していた部屋を出ることになった。ひとまず友達に事情を伝えて泊まらせてもらうことになり、友人たちの家を泊まり歩くものの、毎日の宿を確保する友人の数にも限りがある。
 坂爪さんは新潟と東京を行ったり来たりしながら仕事をしていて、ちょうどその時期は東京で仕事があり、新潟に戻るわけにはいかなかった。意を決してFacebookで自分の事情を公開したところ、泊めてくれる人や食事をごちそうしてくれる人が次々に現れ、“順番待ち”になるほどだったという。
「坂爪と会う予約待ちって意味がわからないですよね(笑。家がなくなって不幸のどん底にいると思ったら、そのあとのほうがすごく豊かだということに気づいたんです。価値観が大逆転した感じでした。その後、やってほしいことがあったら僕に声をかけてくださいと言っていたら、あちこちから声がかかるんです」

 いわゆる“何でも屋”であるものの、坂爪さんはお金をもらわない。その代わり、一宿一飯のお世話になったり、お土産をもらうこともある。農作業を手伝いに行くと、野菜やお米を持たされることもあった。お金を持っていても、いざとなったときに助けてくれる人はいないかもしれないが、こういう人と人の繋がりは、いざというときにもなくならないと、坂爪さんは言う。
 坂爪さんは自身の活動のことを「奴隷経済」と名づけた。言葉の印象は悪いが、「僕を好きなように使ってください」というものだ。すると、その境遇や活動をおもしろがってくれる人が次々に現れる。今では3LDKの家までもらってしまった。
 坂爪さんの活動を見た友人のひとり、嘉向徹さんは「トールシェアリング」というネーミングで、自分自身をみんなでシェアしてもらう活動を始めた。その結果、嘉向さんは佐渡ヶ島で民家を自由に使わせてもらう縁を得て、周囲の棚田保全活動を呼びかける中心人物になった。野菜やお米は近所の人たちが自給用以上につくっているので、無料で差し入れしてくれるそうだ。
「自分を差し出すと何かもらえるんです。それはお金でなくても、例えば家があるけど使ってなくて困っている(使わないと荒れてしまう)という人もいます。お金をもらわなかったことで、予測不能なことが次々に起こりました。こうなると自分がやりたいことを考えなくてもいい。自分探しなんて、しなくていいんです(笑」
 この「自分シェアリング」は、物々交換とは異なり、見返りを求めない活動であるところが興味深い。相手に喜んでもらえばそれでいい。与え続けること。息を吐けば吐くほど、自分に必要なものはきちんと戻ってくる。そう思うと「地域通貨」も交換という活動で、一般に流通している貨幣とそれほど違いがない(地域内で流通するというメリットはある)。坂爪さんたちの行動は、循環する善意の活動なのだ。
 「Give and Take」の本来の意味は「お互いに与え合うこと、奉仕し合うこと。譲り合い、持ちつ持たれつの関係」なのだが、どうしても「Take」の見返りを意識してしまう。「Give and Give」(与え続ける)とか、「Gift and Receive」(贈って、渡す)とか、「Pay It Forward」(恩送り)という言葉のほうが、より実感に近いのかもしれない。

 これは最近話題になっている「ギフト経済」とまったく同じではないだろうか? 一般的に経済活動は消費が前提になるので「奪う・取る・囲う」という要素を含むが、ギフト経済は「与える・送る・分かち合う」のが基本なので、不思議な安心感と満たされる感覚がある。 ギフト経済で運営している「カルマキッチン」は、以下のように説明する。
優しさで人に無償で与える、また人の無償の優しさを受け取る。人々のつながりを、強くし、安心した場を創ります。そして、その信頼の絆を未来の子ども達へとつないでいくのです。古来の日本にも、恩送りというコンセプトがありました。共に助け合い、そして支え合う。そこにはお金では得られない安心感が生まれます。その古来の人々の叡智を、もう一度生きてみよう。というのがギフト経済のコンセプトです。
http://karma-kitchen.jimdo.com/運営団体について/

 日本では「他人に迷惑をかけてはいけない」という風潮が強い。僕自身も、若かったころは「他人に迷惑をかけなければ何をしてもいいだろう」と思っていた。ところが、ある程度の年を重ねるうちに、それは間違っていたことに気づく。 生きている限り、私たちは無数のものに依存し、同時に無数のものに依存されている。自立するということは、人の力を責任を持って借りたり、責任を持って人に力を貸したりできることなのかもしれない。「金の切れ目が縁の切れ目」というように、人と人の間にお金が関わると、その人との関係を考えなくてすむ気楽さがある。 つまり、お金を使うことで自立が妨げられて、どんどん孤立しているといえるのかもしれない。自立と孤立は、似ているようで違っている。孤立は、他者と自分を切り離していこうとする、逃げていく心である。自立はむしろ、他者との正しい関わり方を学ぶ姿勢といえる。日本の親は「人に迷惑かけちゃダメですよ」と教えるが、インドでは「お前は人に迷惑かけて生きているのだから、人のことも許してあげなさい」と教えるそうだ。
「『自分の力で生きていくこと』の必要性が説かれることは多くても、『誰かに助けを求める力』の必要性が説かれることは少ない。私は、この『誰かに助けを求める力』がものすごい重要なものだと思っている。 助けを求める力を磨いていこう。『他人に迷惑をかけちゃいけない』というのは大嘘で、『どれだけ楽しく迷惑をかけられるか』の勝負だ!」
 坂爪さんが始めた「自分シェアリング」のうねりは、これからもっと大きくなっていく予感がする。

坂爪さんの活動のきっかけになった記事
奴隷経済とは何か? - ソーシャル乞食としての生き方 - - いばや通信http://ibaya.hatenablog.com/entry/2014/03/29/105748
▼坂爪圭吾さんの関連サイト
http://ibaya.hatenablog.com
https://www.facebook.com/keigosakatsume
https://twitter.com/KeigoSakatsume
http://tutinoko310.wix.com/over#!keigosakatsume/c1bll
▼続き
「お金」は気持ちを伝えるひとつの手段|新井由己|note
https://note.mu/tokotonstudio/n/n052aac905606


この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

ありがとうございます。よかったらシェアや投げ銭もお願いします!
11

People

尊敬する、気になる人たちの言葉。
1つのマガジンに含まれています

コメント3件

15年間まったくお金を使わずに生きているドイツのハイデマリー・シュヴァルマーさんの話。
http://buzznews.asia/?p=88067
この本もおすすめです。

『ぼくはお金を使わずに生きることにした』(紀伊國屋書店)
アイルランド出身のマーク・ボイル青年は、イギリス西部でまったくお金を使わずに生活をするという実験を2008年の11月から1年間行なった。

http://nonukes.exblog.jp/17148875/
「佐渡ヶ島をシェアヶ島」にするプロジェクト
https://www.facebook.com/pages/Third-Island-Project佐渡ヶ島をシェアヶ島に/337256809809987
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。