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#17 あの娘がユニバース

 灯火と書いてあかり、小さくとも明るいと書いてあかり。

 私と小明は名前の読みが同じ。

 私と小明は好きな漫画が同じ。

 私と小明は初恋の相手が同じ。

 私と小明はバストのサイズが同じ。

 私と小明は嵌まっているお菓子が同じ。

 私と小明は初めてお酒を飲んだ日が同じ。

 私と小明は人に言われる第一印象が同じ。

 私と小明は出身小学校、中学校、高校が同じ。

 私と小明は歳が二つ離れている。

 私は亀を飼っている、小明は猫を飼っている。

 私は敵を必要とする、小明は自足している。

 私には無性に敵を必要とする時機があると言うのに小明はいつだって自足している。

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 陰と陽、明と暗、曲と直。

 詰まり人間は敵を必要とするものと必要としないものに分けられ、そのいずれかに属していなければならない。だから私が敵を必要とするものである以上、小明は敵を必要としないものでなければならない。

 私と小明は相剋していなければならない。

 無論、詭弁だ。小明は自足しているのだから。

 詰まり敵を必要とするものを前提としなければ敵を必要としないものは存在し得ない、その前提の埒外に小明はあるのだから私と彼女が相剋を成す事は決してない。

 だが、私は絶対に確実に実際に無性に現実に仕様として敵を必要とするものでありそれは厳然たる事実であり揺るぎない前提なのであり、故に、敵を必要としないものもまた必要上の必然として必ず存在しなければならず、私が敵を必要とするものなのだから小明は敵を必要としないものでなければならない。

 私と小明は相剋しているのだ。

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 私と小明は住んでいる団地が同じ。

 だから、この坂の下に私が待機していれば帰宅した小明は私という災厄に遭遇する手筈。

 小明の正確な帰宅時間を私は知らない。訊けば答えるだろうが知る必要はない。

 賽の河原で石を積むみたいに、飛行する蝿を箸で掴もうとするみたいに、右手で塗ったワックスを左手で拭き取る作業を早朝から日没まで延々と続けるみたいに。ただ只管に小明を待つ、明鏡止水の心境で。

 取り決めた時間に始まるそれは勝負では決してない、仲間同士による競争に過ぎない。敵を必要とするものとしないものの間で起こる争いは必然でなければならない。

 私は小明を憎んではいない、自分と彼女を較べてもいない。

 ただ運命的に分かたれただけだ、敵を必要とするものとしないものとに。

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 坂の上に陽が落ちてから六時間は経っただろうか。

 坂の下で私は小明を待ち続けている。

 お腹が空いた、喉が渇いた、疲れた。どこかから塩で味付けして油で炒めただけのソーセージの匂いが漂ってきて沁みて、私の心を折ろうとする。訳もなく泣いてしまいそうになる、せめて何かに寄り掛かりたい。

 だけど姿勢を崩せば心が乱れる、乱れた心で敵に対するなど敵を必要とするものとして敵を必要とする以上断じて許されない怠慢行為。

 私は立ち続けている。

 小明を待ち続けている。

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 果たして。

 外灯が切り取った二等辺三角形か或いは謎の円盤が下底部から照射する円錐状の光線の中に浮かび上がるように、その空間内に渦巻くなんらかのパワーを独占するみたいに、小明が姿を現した。

 待ち続けた末の感慨に浸る暇も惜しみ私は。

「おらあっ」

 爆発に煽られたみたいに急勾配の坂を駆け上がっていた。

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「あ、あかりん、ただいまだお」

「語尾に個性を匂わせてんじゃねえ小娘があっ」

「ありゃま大変だお。あかりんがまた狂戦士モードに入ってるお」

「うるせえっ、これが私の平熱だあっ」

 有効射程距離を得て私は弓引いた右の拳を打っ放す、小明の、旺盛な好奇心の象徴たる常に濡れているみたいな大きな瞳が印象を残す整った顔立ちのそれを狙って。

 しかしあっさり躱される、敵を必要としないものである小明は敵を必要とするものの理屈に無関心であるが故に。

「駄目だお、争いは何も生まないお」

 敵と相見え意馬心猿の私の波形に重なる部分の皆無が故に。

「生命の全てはユニバースの子供だお」

「黙れ、戯れ言を抜かすなあっ」

「ユニバースに於いてはみんな平等だお」

 私は敵を必要とするものであり小明は敵を必要としないものであり二人が相剋する以上、二人がまた交差する事も重なる事も決して有り得ない、それが絶対の真理。

「あかりんもユニバースを感じるといいお」

 敵を必要としないものが敵を必要とするものの存在を前提とする以上、敵を必要とするものもまた存在し得ない、詰まり私という人間は詭弁に弄ばれた存在であり戯言に依存をしていなければ存在し得ない。

「自分のユニバースを持つといいお」

 詰まり私は寄り掛かりたいのだ。

「争え。私と争えっ」

 小明に。

「ユニバースとやらを見せてみろおっ」

 そして貪欲なほど大きく小明の口が開かれると、その中に私の上半身をすっぽりと閉ざした。ちょうど蛇が蛙を丸呑みするみたいに。

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 そこは魔境だった。

 そこは遠大だった。

 そこは深淵だった。

 そこは混沌だった。

 そこは故郷だった。

 そこは安心だった。

 そこは恐怖だった。

 そこは宇宙だった。

 そこは無欲だった、圧倒的に前向きな無欲だった。

 小明は私を赦しもしなかったが咎めもしなかった。

 小明はただ在って、私もただ在った。或いは原初から私たちはそこに在った。

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 それは個性であり世界観と呼ばれるものだ。

 或いは個性や世界観ではありはしないものだ。

「ユニバースだお。あかりんの心の中にだってあるお」

 ただ訳もなく泣いてしまいそうだ。

 私が自分で自分を咎め、そうして自分で自分を赦したならば私は自分のユニバースを感じた事になるのだろうか、泣いてしまってもいいのだろうか。

 分からない。

 何故なら私は敵を必要とするものだからだ。

「お腹すいた」

 そして小明が敵を必要としないものだからだ。

「なにが食べたいお」

「塩で味付けして油で炒めただけのソーセージ」

 故に私たちは相剋していなければならないのだ。

('06.8.12)

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