これからの活動について

あけましておめでとうございます。

2018年になったから、ちょっとした報告を。

今までは匿名希望という名前で活動してきたが、今年からは今までとは違う筆名で活動していく。

小説では架城 巧(かじょう たくみ)、詩では月野 しほる(つきの しほる)という二つの名前でやっていこうと思う。

そもそも、僕が匿名希望という名前ではない名前で活動していたのは、作品に外側からの人格を与えたくなかったからである。作品は作品としてだけ受け取ってほしい、という思いがあった。

ただ、2017年の間に、創作の分野で僕は多くの人と出会った。もっと早くから出会いたかったと思う人たちばかりだった。そして、その人たちは名前を背負っていた。少なくとも、僕にはそう見えたのだ。名前を名乗り、その名前と作品に責任を持っているように見えた。これから創作していくにあたって、その姿勢が必要だと思ったのである。自分の作品をより良いものにして、作品にさらに覚悟を持つために、

僕も、名前を名乗る覚悟をした。

自らを名づけるという行為は、とても重たいものだと思う。背徳、という言葉が合うようにすら思う。これはとても感覚的だけれど。そもそも、人は自我を持った段階ですでに名前を持っている。それは自分の意思が存在しない名前だ。名前は呪いである、という言葉も聞いたことがある。自らを名づけると言うのは、自分を呪うようなものなのかもしれない。

話が少し逸れてしまった。

はじめは本名でやろうか、とも思っていたけれど、やはりそれは違うと思った。何故なら、生活している僕と創作をしている僕はほとんど別人なのだ。たとえ生活について書いたとしても、それはすでに創作をしている僕の領域にある。

そして、どうして小説と詩で別の名前を名乗ることにしたかというと、それぞれの理想が違ったからだ。実際、小説と詩ではまったく違う僕がつくっている。上手く言えないけれど、それは確実であるように思う。結果的に、二つの名前は対照的な印象を持つものになった。

ただ、大学の部誌では、今まで通り匿名希望という名前で活動していく。ここに明記することはできないが、匿名希望という名前を使う明確な理由があるからだ。さらに、この〈note〉でも匿名希望名義でやっていく。ここの文章は、架城巧でも月野しほるでもない、それ以前の僕を書いていく場所だと考えているからだ。

架城巧と月野しほる。

僕はこの名前を名乗って、言葉を紡いでいく。

2018年、よろしくお願いします。


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