バランス

ふと思い出して、ラーメンズのDVDを観た。

ラーメンズの作品のなかで特に好きなのは、『銀河鉄道の夜のような夜』と『うるうびと』。特に、第16回公演の『TEXT』が好きで何度も見ている。『銀河鉄道の夜のような夜』も『TEXT』の作品だ。

どうして、これらの作品が好きなのかというと、素晴らしいバランスの上に成り立っていると思うからだ。

『銀河鉄道の夜のような夜』は、特に顕著だと思う。詳しい作品内容は言わないけれど、あるシーンで、作品の仕掛けの種明かしと物語の感情の昂ぶりが同時にピークに達する。言い換えれば、論理性と物語性が同時にピークになるのだ。それゆえに、この作品はとても美しい。

それはバラバラでは駄目だったのだと思う。論理性と物語性が有機的に融合していなければ、この作品の芸術性は成立しなかったと思う。それを成し得たバランスが、僕はとても好きだ。それと同時に、いささかそのバランスに嫉妬している。あるいは、憧れている。

最近、サルトルやレヴィ・ストロース、ハンナ・アーレントなどの哲学を調べている。そこに引っ張られて、理屈っぽい考えに傾倒している。SF小説にハマったときも、理屈を考え続けていた。

しかし、いざ作品に昇華しようとすると、書き進まない。感覚としては、ブロックを機械的に積み上げているような感じ。しかも、そのブロックはなかなか嵌まりにくい、ぎすぎすしたブロックなのだ。

そのタイミングで僕は羽海野チカ『3月のライオン』を読んで、目が覚めた。小説なり、詩なりを書くには理屈ではないもっと有機的な要素が必要なのだ。この要素にはどんな言葉が当てはまるだろうか。情感とか人間性とか、そういうものがいくつか思いつくけれど、どれもしっくりこない。今もパソコンをまえに悩んでいる。あえて、今は思いつかないままに書いておこうと思う。

とにかく創作に必要なのは、そういう有機的な要素と理屈がちょうどよいバランスで混ざり合っていることなのではないか、と僕は個人的に思う。

では、有機的な要素だけでは駄目なのかとも思うが、それはそれで頼りないように思う。有機的な要素のみで出来上がった作品にも、冷静な目で見れば必ず理屈というか、核となるものが存在すると思うのだ。それを直接的に作品に表層に出す必要は必ずしもないと思うが、作者がしっかりと把握しておくことは必要だろう。

バランスが必要だという話だ。ただ、それは中途半端であれという意味ではなく、二つの要素が相互的に向上していくことを目的としたバランスだ。そのバランスが『銀河鉄道の夜のような夜』にはあると思う。

ただ、これは個人的な創作の考え方である。完全に正しいとも思っていない。しばらくすればこの考えが変わるかもしれない。ほかの考え方を知りたいという思いもある。

さて、このあたりで筆を置いて(筆で書いていないけれど)、ラーメンズの作品を観よう。



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