坂本龍馬が坂本龍馬になれたのは、出会いと繋がりを大事にしていたからではないか #CLS高知

コミュニティリーダーズサミット in 高知で、「坂本龍馬はどこで坂本龍馬になったのか」という不思議なテーマのモデレーターをさせて頂きました。

要は、コミュニティリーダーの小島さんが高知出身で、このテーマの議論を高知でしたかったから、という背景で。
その小島さんと共同主催の武市さんに、熱く坂本龍馬愛を語っていたら白羽の矢を立てられてしまったという次第なんですが。

当日は、林さんと小野さんへの聞き役ということで、あまり持論は細かく説明できなかったので、ここにメモを書いておきたいと思います。

当日も軽く話しましたが、私はNTT在職時代に本部長に司馬遼太郎を勧められ、竜馬がゆくを読んで、メチャメチャ影響を受けた人間です。

読んだ時には自分はNTTを辞めるつもりはサラサラなかったので、自分は坂本龍馬の様に脱藩はしないから、勝海舟になろう、とか勝手に決めてたのをよく覚えてますが。

最終的には若気の至りで勢いでNTTを退職。
ある意味、坂本龍馬と同じ歳で脱藩を経験することになりました。

坂本龍馬が幕末に活躍した志士たちの中で特徴的なのは、この脱藩をした、というところにあると思うんですが。
でも、本当に坂本龍馬を坂本龍馬にしたのは、個人的には勝海舟や松平春嶽との出会いであり、亀山社中という地域の藩という枠を超えた新しいコミュニティの仲間との繋がりだったんじゃないかなと思う次第です。

林さんも坂本龍馬が2回脱藩してることを強調してましたが。
ある意味、最初の脱藩は勢いだと思うんですよね。
その後の出会い次第では普通に尊皇攘夷の過激派となっていた可能性もあると思いますし。

自分自身がNTTを辞めた時が全くの勢いで。
当時の自分にアドバイスするとしたら、「お前勘違いしてるから絶対辞めるな。」というと今でも思ってます。

もちろん、私の小さな経験を坂本龍馬と比べるのも片腹痛いと笑われる話ではありますが。

大事なのは藩を抜けたり組織を抜けたりするという物理的な脱藩行為よりも、藩や組織に依存している自分を卒業するという精神的脱藩なんじゃないかなと思う次第です。

やみくもに会社や組織を抜けても結局次の組織に依存してたら意味ないですし、自分のことだけ考えて視野が狭くなってしまったら本末転倒。
逆に現在は会社や組織を辞めなくても、会社と異なるコミュニティに所属して視野を広げることは可能ですし、容易な時代になってます。

坂本龍馬もなんだかんだ海援隊時代には土佐藩の援助受けてますからね。
脱藩してからの方がある意味土佐藩と密接に関係してる印象すらあるわけです。

会社とか地域とか固定の組織の中だけで生活していると、ついつい常識とか行動とかいろんなものが狭いそのコミュニティだけの視点になってしまいがちなんですが。
そこから坂本龍馬のように精神的に脱藩して、広い視野での出会いや繋がりを大事にする人が増えると、本人も幸せだし、その人が所属する組織にもメリットが増えてくるんじゃないかなと。
そんなことを改めて考える高知での1日でした。

写真はミーハーに記念館で購入した龍馬魂と船中八策が書いてある扇子。
なお、イベント当日の様子はこちらをどうぞ。

ちなみに、セッション登壇者の小野さんが実施中のゲストハウスのクラウドファンディングも是非どうぞ。



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