見出し画像

大谷翔平選手の注意喚起で考える、メディアの「報道の自由」の境界線

大谷翔平選手が、珍しくメディアの報道に対して注意喚起の投稿をされたことが、大きな話題になっています。

該当の投稿は、大谷選手のInstagramアカウントのストーリーズとして、日本時間の1月31日のお昼頃に投稿されたもの。
「一平さん夫妻にこのような事実は一切ありません」という文章とともに、2本の週刊誌のネット記事のキャプチャを掲載、一番下に「事実とは異なる報道が多数ありますので皆さまご注意ください」と書かれています。

普段滅多に、メディアはもちろん第三者に対して批判的な発言やコメントをすることがない大谷選手が、ここまで明確に注意喚起をするのは異例の事態と言えます。

おそらくは該当の記事が、通訳の水原夫妻など自分以外の人を巻き込んで書かれた記事であったことに、危機意識を感じたものと想像されます。
実際に水原氏もその後同様にInstagramのストーリーズで「私の妻は元ファイターズガールではございません。100%一般の方です」「ファイターズ関係者の皆様にもご迷惑をおかけしてしまい申し訳ございませんでした」という文章の投稿をされており、関係者への影響が出はじめていたようです。

こうした一部メディアによる憶測記事や虚偽報道の問題は今に始まったことではありませんが、ここ最近報道される側からの明確な問題提起が増えてきている印象があります。
こうした問題が増えている要因と、その解決策について考えてみましょう。
 

紙からネットへの変化による憶測記事の影響力の変化

まず、こうした問題が可視化されている背景には、大谷翔平選手のように報道される側も自身のSNSによって反論できるようになったという面もありますが、一方でメディアをめぐる環境が大きく変化していることが影響しています。

特に大きいのは、これまで雑誌や新聞などの紙の媒体を販売して収益をあげていたメディアが、ネットメディアを立ち上げてネットの広告収入で収益をあげる形にシフトした点があげられます。

例えば今回大谷選手が「事実とは異なる報道」をしているとしてキャプチャで注意喚起をされた記事は女性週刊誌系のネット記事です。

(出典:大谷翔平公式Instagram)

こうした媒体の記事は、従来であれば雑誌を購入したごく一部の読者の目に触れるだけでした。
そのため記事自体の影響力もそれほど高くなく、当事者としても無視するなり、表で騒がずに法的措置を淡々と進めるというのが一般的な対策だったわけです。

実際に、今回の騒動の要因の一つとなっているのは、昨年別の週刊誌に掲載された「水原さんの妻が元ファイターズガールである」という趣旨の憶測記事ですが、昨年の段階では大谷選手も水原さんも、否定するのではなく記事を無視する判断をされていたようです。

しかし、こうした媒体の記事がネットに掲載されるようになり、大手ポータルサイトに掲載されたり、SNSで拡散したりするようになると話は大きく変わってきます。
今回の記事も、おそらくは週刊誌の憶測記事が発端で、ファイターズ側にメディアやファンによる問合せやクレームが増加するなどの影響があり、大谷選手も水原さんも無視ができない状態に陥ってしまったと考えられます。

その結果、昨年には否定をせずにスルーしていた記事の内容も含めて、今回、明確に注意喚起や否定をせざるを得なくなったのでしょう。
 

注意喚起や批判はメディアの収益が増える結果に

ただ残念なことに、今回の大谷選手による注意喚起や関係者による報道の否定は、一面では逆の効果を生みます。

今回、大谷選手はメディアの記事にはリンクをせずキャプチャのみを貼り付ける形で、注意喚起を行っていますが、当然ながら一部の人たちはその内容が気になって記事を検索して読むことになります。
大谷選手のInstagramには700万人を超えるフォロワーがいますし、注意喚起を多くのメディアが報道したため、かなりの人が実際に記事を見に行ったはずです。

ネットメディアは、基本的には表示数に連動して広告収入が増える仕組みになっていますので、注意喚起や批判が起点だったとしてもメディア側は収入が増える構造になってしまうわけです。

この構造が、著名人が繰り返しネット上の週刊誌やスポーツ記事の憶測記事や飛ばし記事を批判しても、同様の報道が繰り返されてしまう背景にあります。

当然メディア側の記事の内容や、それにより発生した被害によっては、メディアに対して訴訟を行うことも可能ですが、日本では一般的にプライバシー侵害や名誉毀損による損害賠償額が小さく、メディアにとっては報道によって得られるリターンの方が訴訟のリスクよりも大きくなってしまう構造があるわけです。

特にこうした憶測記事を作成するメディアは、記事執筆者が匿名なだけでなく、記事の中に出てくる登場人物もほぼ匿名で、その匿名の人物の伝聞を元にした記事の構成になっており、訴訟がしにくい構造になっているのも特長です。

この記事を執筆している時点で、大谷選手から「事実とは異なる」と注意喚起をされた週刊誌各紙は、残念ながら該当の記事について取り下げるどころか、修正も注記もしていませんから、注意喚起を無視して今後も同様の報道を続ける可能性が高いと考えられるわけです。
 

「報道の自由」とプライバシーを守る権利

では、今後も大谷選手のような著名人は、メディアのこうした憶測記事や虚偽報道に泣き寝入りをしなければいけないのか?というと、状況は明らかに変わり始めています。

こうした問題を議論すると、批判された側のメディアが必ず掲げてくるのが「報道の自由」や市民の「知る権利」です。
確かにこれらは憲法で保障されている重要な権利ですが、そもそもは権力者の不正や犯罪行為などの報道を想定して規定されているものであって、何でもかんでも報道機関であれば報じてもよいという話ではありません。

また、昨今のプライバシー侵害に対する意識の高まりを踏まえれば、大谷選手のような著名人であっても、当然プライバシーを守る権利がありますし、本人やファンがそうした意識を強く持つのは当然の時代です。

露骨に裏取りもせずに、間違った報道をつづけるメディアや、著名人の関係者のプライバシー侵害まで行うメディアに対しては、今後、当事者やファンからの批判はもちろん、社会的批判も高まっていくことは間違いないでしょう。

特に昨年、羽生結弦さんをめぐるメディアの報道姿勢に多くの批判があつまったことが象徴的だったと言えます。

昭和的芸能界やメディアの「常識」が昨年来、激しく社会の批判対象になっているように、昭和的な報道の自由の「常識」も、今後社会の批判対象になる可能性は十分あるのです。

特に、今後こうした問題に対して重要なプレイヤーになると考えられるのが、広告ネットワークと広告主、そしてニュースのポータルサイトです。
 

漫画村のように広告会社や広告主に批判が向く可能性も

まず、ネットメディアが広告収入を目的に、こうした憶測記事を量産する構造にある以上、ネットメディアにとって最も問題なのは、広告収入が発生しないようになることです。

迷惑系YouTuberが、YouTubeから広告収入を遮断されることを恐れるように、ネットメディアも広告ネットワークが利用できなくなることは絶対に避ける必要があります。

マンガの海賊版サイトとして話題になった「漫画村」では、当時漫画村に広告が表示されていた広告主に批判が集中することになりましたし、極端な事例ではありますが漫画村に広告掲載を行っていた広告会社が「違法行為への幇助」をしていたと賠償命令が出る結果になっています。

同様の批判が、憶測記事やプライバシーの侵害記事を掲載しつづけるメディアの広告主に対して発生する可能性は、全くないとは言えないでしょう。
 

ポータルサイトがフェイクニュース対策を強化するか

また、もう一つ注目されるのが、Yahoo!ニュースやスマートニュースなどのポータルサイトやニュースアプリの動向です。

週刊誌やスポーツ新聞の記事がネット上で広く拡散するのは、主に元のサイトからではなくポータルサイトなどへの配信記事が広まることが多いと考えられています。
今回も、Yahoo!ニュースに掲載された冒頭の注意喚起記事の関連記事として、「事実とは異なる」と大谷選手に指摘された週刊誌の記事が数時間の間表示されつづけるという状態にもなっていました。

(出典:Yahoo!ニュース)

こうした状況に対する読者からの批判が高まれば、ポータルサイトやニュースアプリ側がこうした注意喚起をされることが多いメディアの配信を一時停止したり中止するという判断が出てきても然るべき状態であると感じます。

実際に、Yahoo!ニュースを運営するLINEヤフー代表取締役会長である川邊さんは、昨年10月に「Yahoo!ニューストピックス等で、プライバシーに配慮が足りない記事は、原則的にピックアップしないこととしました」という宣言をされています。

この宣言は、まだ今のところYahoo!ニュース トピックスや「LINE NEWS DIGEST」などの非常に読者に読まれる部分のみの対応のようですが、こうしたプライバシーへの配慮に対する読者の要請が高まれば、配信記事自体の受入にも関わってくる可能性は十分あるでしょう。

そうなれば、当然記事を配信する側のメディアもポータルサイト側のガイドラインに合わせて。報道の意識を変える必要が出てくるはずです。

いずれにしても、大谷選手のような滅多にメディア批判をされない方が、明確にメディアの報道姿勢について注意喚起を行ったということは、社会の空気の変化を象徴している現象とも言えます。

「ペンは剣よりも強し」という言葉もあるように、プライバシーを侵害した報道は、関係者の人生を狂わせてしまう可能性がある非常に危険な行為でもあります。
筆者自身も当然対象ではありますが、大谷選手からの注意喚起をきっかけに、メディアや報道に関わる人間は、今一度報道に対する姿勢を見直す必要があるように感じます。

この記事は2024年2月1日Yahooニュース寄稿記事の全文転載です。


ここまで記事を読んでいただき、ありがとうございます。 このブログはブレストのための公開メモみたいなものですが、何かの参考になりましたら、是非ツイッター等でシェアしていただければ幸いです。