大河太郎

たいして紹介することもありません。けれど生きてることが大好きです。

大河太郎

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最近の記事

薔薇のはなし

 へちま池と名付けられた、体育館ほどの広さの貯水池で、彼らは週に1度は釣りをした。校舎の北側の溝を掘ればいつでも捕れるミミズを持っていけば、簡単な仕掛けで、鮒やブルーギルやブラックバスが釣れるのだ。誰かが、ウナギも釣れるはずだといっていたが、彼らは見たことがなかった。 へちま池は、ぐるっと葦に囲まれていて、他の釣り人も踏み分けて行くのだろう、幾筋も池の縁に出る道があった。彼らの背の高さを少しだけ超える程度の葦を数メートルかき分けていけば、釣りの足場となる少し開けた場所に出る。

    • 深田兄ちゃんのはなし

      深田兄ちゃんのはなし 小学生低学年の頃住んでいた住宅地は、 ひとつの丘をまるまる切り拓いたところだった。 だから、道路は下り坂か上り坂しか基本的 丘のてっぺんには中学校があり、僕はいつかそこに通うはずだったが その前に引っ越してしまったから、 高いところにそびえ立つ、巨大な存在としての印象しかない。 でもたまに、屋上で練習をする応援団の姿を見かけて、転落してしまわないか、 はらはらしていた。 深田兄ちゃんは、丘の下のほうに住んでいた。 共働きで、家にいるのは深田兄ちゃんと

      • ざりがに川のオッサンのはなし

        ざりがに川のオッサンのはなし 住宅街の真ん中には用水路とされている川が流れていた。 幅は広いところで5メートル、雨が降っていなければ、子どもの膝以下の水深しかない。底には藻や水草、そしてスナック菓子の袋や醤油のペットボトルやら、よくわからないごみが沈んでいる。切り立った2メートルほどのコンクリートの壁に挟まれてはいるが、砂袋に支えられている木や少量の土と草が、自然な川の趣をわずかに添えている。生活排水は流れておらず、においもしない。大雨の日の荒れたこともない。年に1度、近所

        • 滝にあらわれる狂人のはなし

          滝にあらわれる狂人のはなし これを僕が聞いたのは小学校六年生の頃。 誰に聞かされたのかは、あまり覚えていない。 小学校の用務員さんに、放課後残っていた時に話しかけれたような気がするけれど 記憶は曖昧だ。 赤目四十八滝という滝が集まった山あいがある。 その三重の名所は、大小あわせて48の滝を有し、 春は芽吹き、夏は涼み、秋は紅葉とあわせて、散策が楽しめるところだ。 山深いところで、ハイキングというよりも、登山道としたほうが通りがいい。 その滝の2,3,5,7,11,13,1

        薔薇のはなし

          ポパイのはなし

          ポパイのはなし 東武東上線という路線は、 池袋から、埼玉の寄居を結ぶ75キロもの長い鉄道だ。 東京への通勤の足であるばかりでなく、 各所へ通学する学生たちや、 数駅を移動する地元の人にとって、便利な交通機関として利用されている。 僕がポパイを見たのは高校生の時、2学期の中間テストの期間だった。 午前11時には東武東上線に揺られ、翌日のテストのための教科書を読んでいた。 電車の席は、半分も埋まらない平日午前の下り線。 外は気持ちよく晴れたあたたかい日で、 4駅ほどで降りるの

          ポパイのはなし

          Oさんのはなし

          Oさんのはなし 見た目はお人形さんみたいにかわいいのだが、成績はダントツでビリ。 授業中も、誰も見ていない教科書のページを 赤ん坊のような澄んだ瞳でじっとみている。 小テストも、名前だけはやけにキレイにかけるのに、解答欄は白紙だったりする。 先生からのお願いはよく聞き、返事もハキハキはしているのに、言われたことができない。 すぐに忘れる。忘れ物も多い(これは僕も)。 会話をしてもあまりつながらないし、すぐに天真爛漫に微笑むだけになる。 だから友達と呼べるコもすくない。 O

          Oさんのはなし

          団子屋のはなし

          団子屋のはなし 北関東に住む4人家族は、郊外の住宅街によくあるような小さな団子屋を営んでいた。 僕は大学に入ったばかりの頃、突然(6年ぶり)の父からの連絡で仰せつかったある用事で、 そこへ行くことになった。 この行動は僕の家族の誰にも伝えていないため、用事そのものは、伏せさせてもらう。 東北本線に乗ってたどりついた古い町。 駅から10分程度歩き、 補修をしたと思われるアスファルトがところどころ白っぽくなっている、 70年代に開発をしたと思われる住宅街に、僕はついた。 住

          団子屋のはなし

          ブラジルのはなし

          ブラジルのはなし 彼は近所の子どもたちから、ブラジルと呼ばれていた。 その理由は、彼が着ていた黄色いジャージに因む。 当時ブラジル代表は、 ジーコやソクラテスら黄金の4人という魅力的な中盤を擁して 強くて面白いサッカーをしていた。 当時はまったくサッカーに興味のなかった僕に、 こんな知識をくれた友人、久保君が、「黄色いジャージを着ているから「ブラジル」」 と断言したことが、というあだ名の発端である。 僕にとってブラジルとは、 当時はテレビで見るしかなかったサッカーで、

          ブラジルのはなし

          キシが物を投げはなし

          キシが物を投げるはなし 名前は岸田勝(きしだまさる)、通称キシ、という。 表札を見たので、キシは一人暮らしであることは間違いない。 ほかの誰も名前がなかった。 キシの見た目は、いわゆるキチガイではなかったし、 地域住民からも愛される「街の聖者」という風情ではなかった。 キシは、すぐキレる、しかもキレる様が面白いということで、 近所の子ども達におちょくられていた。 まあ、はっきりいって僕らが悪い。 キシを見かけると、かかってこいよみたいなことを言っては 走って逃げてい

          キシが物を投げはなし