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進化的適応環境

「利他学」(小田亮、新潮新書、2011年)P33-より

 現代人の持つさまざまな特徴は、どのような環境への適応だったのだろうか。現在のような、高度な文明に支えられた環境ではなかったことは明らかだ。なぜなら、進化には時間がかかるからである。特に、人間のような世代交代が遅い種では、ある特徴が自然選択によって形成されるには相当な時間がかかると考えられる。ヒト、つまり生物としての人類がチンパンジーとの共通祖先から分岐したのが約600万年前といわれている。そこから、ヒトとしての特徴が進化してきたことになる。

 現代人の持つ生物学的特徴が進化してきた環境は、進化的適応環境(Environment of Evolutionary Adaptedness)と呼ばれている。進化的適応環境としては、ホモ属が現れていから現代までの約200万年間の環境を考えることが一般的だ。それまでの人類は脳容量も小さく、今のチンパンジーやゴリラが直立二足歩行しているに等しいものだったが、脳容量が大きくなり、現代人につながるいわゆるヒトらしい特徴が現れてきたのがこの時期だったと考えられている。人類はその間のほとんどを狩猟採集、つまり野生動物を狩猟してその肉を食べたり、木の実や根などの植物性の食物を集めて来たりすることによって生活してきたとされる。農耕牧畜を開始したのが約1万年前であり、現代のような文明社会が築かれたのはほんの数千年前のことなので、人類の心の構造や働きは、狩猟採集という生活様式に適応して自然選択によってデザインされている可能性が高い、と考える進化心理学者が多いのが現状だ。

 物理的な進化的適応環境がどのようなものであったかについては、地域によってかなり異なるだろう。また、進化的適応環境といっても気候変動などがかなり激しかったという説もあり、長期に安定した物理的環境があったのかどうか疑問視する声もある。しかし、狩猟採集によって食物を獲得し、定まった家や財産を持たず、家族を中心とした比較的少人数の集団を形成していたという点は共通していると考えられている。もちろん、複雑な社会組織や階層はなかっただろう。そのような環境の中でいかに生き延びて繁殖するかという課題に直面し、そのためのさまざまな特徴が進化してきたのである。その中には、当然心の働きも入るだろう。

 人間が示す利他行動も、もちろん心の働きの結果である。では、人間の利他行動の「機能」とは何なのだろうか。

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