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ジェイムズ・ボンド映画アクション進化論14『007/美しき獲物たち』

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第14作『007/美しき獲物たち』

 今でこそ在任期間においてはクレイグ=ボンドの15年間に抜かれたが、12年間で7本に主演したムーア=ボンドは最多登板(『ネバーセイ・ネバーアゲイン』を含めたコネリー=ボンドと同数)である。

 最後の敵にクリストファー・ウォーケンを迎えたからには「ボンドの鏡像」を演じさせる選択肢もあっただろうが、再び『ゴールドフィンガー』風の話になった。『オクトパシー』の興行的成功がその理由だろう。

 プレタイトルはスキーアクションだが、途中で敵のスノーモービルに乗り換え、さらに当時はまだ目新しかったスノーボード(ただし、即席のもの)へ目まぐるしく変化する。秘密兵器は今回も目立ったものは出てこないが、ここで登場する“小型潜航艇”がささやかな「ユニオンジャック」を掲げてムーア=ボンド時代の終わりを告げていた。

「誰かがやっている感」その1

 アクションの手数は相変わらず多いが単発感も強い。パリのエッフェル塔から飛び降りるのはボンドではなく女殺し屋メイ・デイだし、彼女は『ムーンレイカー』の時のジョーズのようにしつこく出てくるわけでもない。セーヌ川で彼女の追跡に失敗したボンドが“パリの警察署の留置場から釈放される”未公開シーンも残っている。

「誰かがやっている感」その2

 この時期のボンドアクションは「誰かがやっている感」さえ担保されれば十分だった。ということはスタントマンを使って、時間のかかる撮影を分散して行うことができる。ムーアの体力的にも撮影スケジュール的にもそれが最善策だったのだろう。ここまで作品のスケールが大きくなると、2年に1本の製作はあらゆる意味で相当な負担だったのだ。

『ネバーセイ・ネバーアゲイン』のショーン・コネリーも、『ノー・タイム・トゥ・ダイ』公開時のダニエル・クレイグも53歳なのに対し、ムーアは58歳まで世界最強のスパイを演じたのだから頭が下がる。ただ次のダルトン=ボンドの時代になると、明らかにアクションシーンが「粘り強く」なることも確かだ。これについては項を改めよう。

 鉱山でのクライマックスシーンの一つ手前で描かれるのが、ボンドがアメリカに上陸するたびに必ず起きる「警官」相手のドタバタアクションだ。これもまあ、ムーア引退のはなむけだと思えばそれなりに楽しめる。クリフトン・ジェームズがもうちょっと若ければ“ペッパー保安官”に再登場してもらってもよかったくらいだ。

 ただし、彼の代わりに登場した警官が「ジェームズ・ボンド」という存在を「ディック・トレーシー」級の架空のキャラクターと認識していた描写は、ジョークにしてもちょっと“メタ”すぎた。

 ムーア=ボンド最後のアクション──クリストファー・ウォーケン演じるゾーリンとの対決は前述のとおりゴールデンゲートブリッジの主塔の上。例によって「誰かがやっている感」は半端ないが、そんな荒唐無稽な展開を唐突に感じさせないために、ゾーリンにあらかじめ“飛行船”を使わせていたのかと考えると、かなり綿密に逆算された脚本だったといえる。

「誰かがやっている感」その3

 思えばムーア=ボンド最初のアクションは『死ぬのは奴らだ』のニューヨークのカーアクションだった。しばらく秘密兵器は封印されていたが、『私を愛したスパイ』で解禁になる。それが『ユア・アイズ・オンリー』でまた影を潜めた一方、アクションはどんどん「外」へと出ていった。同時に『私を愛したスパイ』のプレタイトル以来の「誰かがやっている感」もいや増した。

 その流れの集大成がこのゴールデンゲートブリッジ上のアクションだったわけだ。ムーア=ボンドの7作はこうしてボンドアクションの「進化」の過程を見せてくれたのだ。


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