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『大東京トイボックス』完結記念!小沢高広先生インタビュー

幻冬舎月刊コミックバーズの人気連載作『大東京トイボックス』が今年7月にめでたく完結を迎え、単行本最終巻となる10巻が今月24日に発売された。
ゲーム業界が舞台の一大群像劇である本作では、前触れなく変わる納期との戦い、業界全体を巻き込む「表現規制」の波など、今業界でまさに起こっている/いてもおかしくない問題を乗り越えようとするゲーム会社の人々の姿が描かれている。だが、「トイボ」はリアルさだけが売りの作品ではない。そこから浮かび上がってくるのは、様々な葛藤にぶつかりながら、それでも「自分が面白いと思えるゲーム」を作ろうとするゲームクリエイター達の熱い、熱い人間ドラマなのだ!
さらに、モーニングからの電撃移籍など、作品外の動きからも目が離せなかったトイボシリーズ。今回マンガラボインタビュー班は、作者である漫画家ユニット「うめ」の原作担当、小沢高広先生を直撃!連載開始以前から順を辿り、足掛け約10年に渡った連載を改めて振り返って頂いた。

1章:太陽、月山、仙水……それぞれのキャラクターはどのようにして生まれたか。
2章:移籍の決定的な鍵となったものとは
3章:「デスパレートハイスクール」に「表現規制」……作品の軸となった要素を探る
4章:ネタバレ全開!最終10巻について
5章:読者へのメッセージと直筆サイン!

「仕様変更ってやっぱりディレクターの華なんです」
なぜゲーム業界を題材にされた作品をお描きになったのか?というお話は、以前のインタビューなどですでにお答えになっています(直近の記事としてコチラから)。そこで今回は視点を変え、それぞれのキャラクターがどのようにして生まれたのかにスポットを当ててお聞きしていきたいと思います。まずは、主人公の太陽から。

小沢:そもそも『東京トイボックス(以下無印)』でゲームを扱うと決めたときに、一つ困ったことがありました。それは、過去にゲーム業界漫画がほとんどなかったことです。ゼロではなくて、いくつかルポ系や元ゲーム業界出身の漫画家の方が描いた漫画はあったんですが、自分たちが描きたい方向性とは違ってました。

実録系というか暴露系、そういった感じでしょうか。「ゲーム業界はこんなにブラックなところだぞ!」みたいな。

小沢:そうですね。ブラックさをネタ的に笑うタイプです。あとは、人気タイトルの開発現場の秘めたエピソードといった方向ですね。そういった作風ももちろん面白いんですが、やはりゲーム業界にいた経験がないと描きにくいし、なにしろ描ける気もしない。ところがそうすると、「型」がないんですよ。「ゲーム業界漫画って、こんな感じでストーリーが進むよね」といった、お話作りの型がない訳です。野球漫画だったらある程度型があるじゃないですか。たとえば高校野球ものだったら、まず地方予選から描いていって、幕間に恋愛イベントを挟みつつ、次に甲子園の試合を1試合ずつじっくり描いて、というパターンがありますよね。

そのままだと、お話作りの方針が立たないまま描き進めることになってしまうと。

小沢:それで一つ参考にしたのが、それこそ昔ながらの「スポ根」だったんです。要するに、主人公が仲間とともに力をあわせ、一試合一試合を乗り越えていく、という王道のパターンですね。企画、α、β、マスターアップといったゲームの制作行程を、それぞれの試合にみたてて考えていきました。
ゲーム制作というものが、そこまで一般的に認知されてるわけではないので、お話の構造まで難しくしちゃうと、本当に伝わらない。かといってあまり解説を多くするとエンタメではなく、学習マンガっぽくなっちゃう。そういった点でもなじみ深い構造で描いたのは功を奏したんじゃないかと思ってます。そういう前提があった上で、必然的に、太陽のキャラクターは、試合の最中に自分を見つめ、ちょっとずつ成長していく、決めるときはバシッとキメ台詞を言うといったタイプの主人公に落ち着いていった訳です。

太陽のキメ台詞といえば「仕様を一部変更する!」ですね。一見するとただの事務的な台詞でしかないんですが(笑)、なぜあの言葉をキメ台詞として使われることになったんでしょうか。

小沢:取材の過程でもそうだし、業界ルポみたいな本を読んでもわかったことなんですけど、ゲームの現場でドラマが起きる瞬間って、やっぱり仕様を変更する瞬間なんです。よくないんですよ、本当は。実際に手を動かす下の方からすると冗談じゃないという意見も聞くし、もっと上のプロデューサーの立場の人からも「あそこで変えやがって、とんでもないヤツだ」と怒っている意見を取材でよく聞きました。太陽みたいに胸張って言えるディレクターはそうそういません(笑)

上の人からも下の人からも、両挟みで恨まれてしまうんですね。

小沢:ただ、火事と喧嘩は江戸の華じゃないですけど、仕様変更って開発の見せ場というか、ディレクターの華なんですよね(笑) ネガティブなんだけど面白い。それに、エンターテインメントを作る現場というのは、図面通りに正確に作るようなものじゃないんですよね。だから仕様を変更する場面は、一番人間臭さが出るというか、制作の現場がすごくチャーミングな瞬間なんです。

その部分をクローズアップするための、あのキメ台詞だったわけですね。

小沢:ただ最初は、あの台詞があそこまで伸びるとは思っていませんでした。読者の方からいろんな反響を頂くなかで、もっと使っていこうと方針を変えたんです。特にゲーム業界の方から、「本当に腹が立った!」とか「あんなノリで変えるな!」といった反応が返ってくるのが、もうしわけないと思いつつ、面白くなってきちゃって(笑)

ゲーム業界の方にとっては、本当にたまったもんじゃない台詞だったんですね(笑) とにかく、物語の節目節目で印象的に使われていたように思います。

小沢:同じ言葉でも、聞くときの状況とか立場によって意味が180度変わることってあるじゃないですか。たとえば「嫌い!!」という言葉一つとっても、本当は好きという気持ちの表れだったりする場合もあれば、本当に心底嫌という場合もあるし。それと同じで、「仕様を一部変更する」という言葉に何種類意味を持たせられるかというのは、決め台詞にしていく過程で突き詰めていった所ですね。そこはできる限りバリエーションを増やしたいと考えながら描いていました。

最終的に見開き2ページを使って皆で叫んだりと、次はどういった風に使われるのか毎回の楽しみでした。それでは次に、メインヒロインの月山さんについて教えてください。

小沢:月山は相当難産でした。キャラクターの機能としては、いわゆる読者目線となるポジションになるんですよね。業界のことを何も知らなくて、同じく何も知らない読者の代わりにいろんな質問をしてくれるという役割だったんですが、それをどう設定しようかというところでなかなかキャラが落ち着かなくって。インターンシップでやって来る学生という没案もありました。どういうわけか興味も無いゲーム会社にインターンシップで行くことになってしまって、「こんなところ来たくないんです!」って言う訳にもいかないから渋々やってくる子といった感じで。

現在のキャラクターとは、相当イメージが違いますね。

小沢:そもそもゲームを作りたい子なのか、それとも作りたくない子なのかもわからなかったんです。ただ、そういう世界に行きたくないのに巻き込まれてしまって、その人が次第に心変わりしていくというのが理想だな、とは思ってました。でもゲームを作りたくないのにゲーム会社で働く状況ってなかなか説得力のある設定がないんですよね。いろんな設定を考えていくなかでなんとかひねり出したキャラクターでした。

太陽と月山の関係性が、物語の脇で小出しにされていくのが、なんというかリアリティがあるなあと思っていました。サークルで「え、お前ら付き合ってたの!?」と驚く感じというか。

小沢:そうそう!まさにそういうノリです。というか、社内恋愛ってあんなものですよ、そんなドラマチックには起こらない(笑) あと、そういう部分は……個人的にどうでもいいというか(笑)、あまり興味が持てなかったので本編では飛ばしてしまいましたね。

単行本の巻末のあとがき漫画は毎回ラブ成分が高めでしたが、そうするとあれを描くのはかなり苦労されたんじゃないですか?

小沢:あれは本当に大変でしたね。正直あの1話を作るのに、本編の1話を描くのと同じぐらいの労力がかかっています。しかも単行本作業なので、ギャラが出ない(苦笑) まあその辺は、10巻と同時に発売しました「大東京トイボックスSP(サービスパック)」をご覧頂くと、本編ではごく少なかったラブ成分が多めに入った話もありますのでそちらをよろしくお願いします!

二人で部屋を探しに行く話がオススメです!もうひとり、太陽のライバルキャラ仙水はどのようにして生まれたのでしょうか。何か苦労されたことはありますか?

小沢:仙水のキャラクター自身に関しては、あまり苦労はなかったですね。外見も初期のラフデザインのときから、ほぼ変わっていません。話す内容もだいたいあんな感じです。
ただ配置は悩みました。また没バージョンの話なのですが、少しでも太陽とのシーンを増やしたくて、仙水をG3のメンバーにしたこともありました。いっしょにソリダスを飛び出ちゃった、という設定ですね。ところがこれだと、仙水のキャラが立たない。七海さんあたりと「太陽のヤツ、また面倒なこと言いだしたね」「ったく」とかなっちゃって、なんとも脇役臭い。そこでいっそすべての面で太陽の真逆にしようということになり、成功者として業界最大手のゲーム会社のキレ者、という配置が生まれました。結果、太陽との直接の絡みこそ減りましたが、直接会わないが故に、いいバランスになったんじゃないかと思っています。いまでもコメディとしては、同じ開発現場の二人というのは、描いてみたいんですが(笑)

キャラクターといえば、すごく個人的な話で申し訳ないんですが、MMGの須田さんがすごく好きで。というより、8巻のように、それまで嫌われてたおじさんキャラがカッコ良いところを見せるというシーンが、すごく好みなんです(笑)

小沢:その「あと3日稼いでやる」のくだりは、「最後だし須田ちゃんにもかっこいいとこ作ってやるか!」という感じで作りましたね。須田ちゃんのデレたところが描けたかなと(笑) そうじゃなくても、可愛くて好きなんですけどね、ゼビウス買っちゃうところとか。

須田さんもそうなんですけど、とにかくトイボの中にはわかりやすい悪役がいなかったところが良いなと。全員、彼らなりの信念に基づいて動いているところが、群像劇として非常に面白かったというか。

小沢:群像劇の部分はトイボを描く上で大事にしていて、単純な悪役は描かないというにはすごく気をつけていました。かつ、そういうキャラクターを出すのが自分には出来ないんですよ。おそらくそういうキャラクターを出した瞬間に、描くことに興味が無くなってしまいそうで。なので須田ちゃんにしても、いい加減なところだったり、いちいち金にうるさかったり、そういうところも含めて最初から好きでしたね。

「移籍はゲーム業界と直接コネクションを持っていたおかげでした」

「トイボックス」という作品を語る上で外せないのが、モーニングからの移籍話です。前作『東京トイボックス』がモーニングで連載終了した後、バーズコミックに移られ『大東京トイボックス(以下大トイボ)』というタイトルで連載を再開されました。モーニングの連載が終わってからすぐ、移籍先を探し始められたのでしょうか?

小沢:いえ、すぐには動いていないです。というかトイボの移籍に関しては、こちらから動いたという訳ではないんです。まず、トイボをモーニングで連載を始めるにあたって「誰々に取材したい、どの会社に取材したい」というのを編集部にお願いしたんですけど、ほとんど動いて頂けなくて。なので、幸か不幸か自分で動くしかなかったんです。

では、取材のアポなども先生ご自身が?

小沢:そうです。なので、ゲーム会社の人と直接コネクションが出来たんですよ。その中で、『ぷよぷよ』を作った米光一成さんのワークショップに出ていまして、その一期に来ていた人の中にもゲーム会社の方がいらっしゃって。その人の耳に、トイボの連載が終わるという話が届いたとき、どうやらその人がバーズの編集部の方に「続き載せられません、バーズで?」と聞いてくれたらしいんですよ。こちらも「バーズに続き描く気ある?」って聞かれたので「やるやる!」と(笑) そこから移籍までこぎついたんです。だから、タイミング的にはほんとに偶然。ただ、そこはゲーム会社の方と直接コネクションを作っていたおかげだと思います。既存の通りのやり方というか、人間関係が全て編集経由でしかなかったとしたら出来なかったことだと思います。

漫画業界の外と直接繋がりを持っていたからこそ実現した話なのですね。

小沢:そうですね。それ以外にも、色々面白い動きが出来たのも大きかったと思います。ウチの場合読者の方は働いている人が多かったんですが、中でもやっぱりエンタメ業界の方が多くて。たとえばサイン会が「無印」の連載終了後にあったんですけど、それもイベントとかのプロデュースをやっている方が直接声を掛けてきてくれたんです。ただその人、サイン会を一度も開いたことがなかったらしく「まず秋葉原のゲームセンター、場所だけ押さえました!」と言われたりして(笑) そこから書店さんを探して一緒に手伝ってもらったり、セガのゲームセンターで開くことになったので、セガの広報部の方にもすごく協力して頂きました。最終的に、ゲーセンのゲーム機体を全部どかしてワンフロアを貸し切るという、すごく素敵なサイン会をやって頂いたんです。

トイボが好きだ!と思ってくれている人達とドンドン繋がることが出来たんですね。

小沢:こちらに直接アプローチしてくれるような人が沢山いて、こちらもそれに対して直接答えられてという、ちょうど今のSNSみたいなノリですよね。今まで全然関係なかった人たちと繋がっていくという動きがすごくSNS的でした。当時はmixiがまだ紹介制でもう少し内輪感が強くて、当然twitterやFacebookもありませんでした。そういう時代においてかなり画期的な動きができた、させてもらったと思っています。

そうして、バーズにて連載再開を果たす訳ですが、再開にあたってモーニング版からの変更点は何かあったのでしょうか?

小沢:一つ大きいこととしては、モモが出てきたか出てこなかったかというのがありますね。モモはバーズ編集部からのオーダーで作ったキャラクターなんです。二つ大きなオーダーがありまして、一つはタイトルはもちろん変えなくちゃいけなかったんですけども、変えるにあたって「続」や「新」、「2」といったのは、新しい読者が入りづらくなるからやめましょうと。そして、そのために新規の導入キャラが一人ほしいですと言われました。そこで引っ張ってきたのが、実は没にしたいくつかの月山案の内の一人だったんです。つまりゲームは作りたい、けど本来ゲーム会社にいるべきではない、というバージョンの月山がモモというわけです。

月山のキャラ出しに苦労されたことが、思わぬところで役立ったんですね!

小沢:なので大トイボの1話目も、一度没にしたネームをほとんどそのまま使っていたりします。あのままモーニングで続けていたら、モモは出てこずに大トイボの2巻辺りに行ったはずでした。ただモモのおかげで大の1巻を描くことができ、そこで単行本1冊でひとつの物語を構成するコツみたいなものを学べたので、やって良かったなと思っていますね。

全員が「それだ!」となった瞬間があったんです

大トイボのストーリーは、「デスパレートハイスクール」というシューティングゲームを作ることを大枠として進んでいきます。「萌え×燃え」といったコンセプトや次元転換システムなど、そのまま現実にゲームとして発売されたとしてもおかしくない内容でした。どのようにしてゲーム内容のアイディアが固まっていったのでしょうか?

小沢:まず、シューティングにしたいというのはかなり最初の方からありました。自分にとってのゲームの原点がシューティングにあるということと、ゲームとしてかなり古くからあるジャンルなので、上手くいけばゲームの本質みたいな話に近づけるんじゃないかなという目論みもありまして。それと、いまどきシューティングを作るんだという逆境感は、漫画として非常に盛り上がるなという狙いもありましたね。

その時点では、萌えをコンセプトとして取り入れることなどは決まってなかったんですね。

小沢:とにかくシューティングであるという前提は決めた上で、2巻が終わった時点で「世界で最も長い3分間」と「萌え×燃え」という二つのキーワードを出し、それを持ってアクワイアさんに行って実際に企画会議をやってもらったんです。

本職のゲーム会社の方に直接手伝って頂いたのですね。なんという贅沢!

小沢:本職の、それも名だたるアクワイアのプランナー・ディレクターの方々に来て頂いて(笑)、さてどうしたものかと企画会議を始めました。それで実際に、本物の企画書までアイディアを固めてもらったんです。それが、次元転換システムが肝になっているもので、非常に面白そうなゲームになっていました。

次元転換のアイディアはアクワイアさんが出されたんですね。

小沢:そうです。ちょうど企画会議をやっているとき、「こういう風に次元を転換すると弾の位置が変わるんじゃない?」と誰かが言ったんですね。その瞬間に全員が「それだッ!」っていう感じになって(笑) ああこれが良い企画会議なんだろうなと思いましたね。これで決まった!と安心したのをよく覚えています。

アクワイアさんが最後のピースを埋めてくれた訳ですね。もし次元転換のアイディアが出なかったら一体どんな話になっていたんでしょう。

小沢:本当にそうですね。それも結局、アクワイアさんに直接こちらが繋がっていたから出来たお願いというところもあるし、うちの立場でいうのもなんですが非常に楽しんでやって頂いちゃったので、とても有難かったですね。

話は戻るんですが、「萌え×燃え」というコンセプトを出されたのは小沢先生だったんですね。

小沢:「くさかんむり+ひへん」というのは、当然誰でも考えつくダジャレで、ウチが初出ではないと思うんです。なので、あれがあと1年遅かったらもう使えないキーワードだったろうし、ギリギリのタイミングだったと思いますね。当時ですら「ちょっと遅いかな」と思いながら無理して出したのを覚えています。

ゲーム制作の萌え担当として、太陽達と協力してデスパレの制作にあたる花子が登場します。彼女のキャラクターとゲームのコンセプト、どちらが先にあったのでしょうか?

小沢:それは花子が先ですね。当時は広がり始めたばかりで、今ほどくさかんむりのほうの「もえ」が一般化していない時代だったんですよ。なので一人、そちらを体現したキャラクターを出さなくちゃいけないと思って作ったのが花子でした。

花子ちゃんといえば、彼女にまつわる同人界隈の話がどれもリアリティがこもっていて新鮮でした。ゲーム会社以外にも、同人関係の方に取材されたのでしょうか。

小沢:実は当時のウチのスタッフに1人、わりと売れている同人作家さんがいたんです。僕があまりそっちの世界に詳しくなかったんですが、話を聞いてみるととにかく面白くて。「小沢さん何もわかってませんね!」「本当に何もわかってないから教えて教えて!」とか言いながら(笑)、根掘り葉掘り聞かせてもらった結果ですね。作中では出せなかったことで、たとえば夏コミと冬コミがあって、夏から冬と冬から夏までの期間って長さが違うじゃないですか。その違いによって「次にどのジャンルが来るか」という読みにも違いが出るらしいんです。その辺の感覚というのがある意味、我々商業漫画家よりも商業的に鋭いんですよ。「すごい!天才だこの子達!!」と感動してしまいました。

どこかで読んだのか忘れてしまったのですが、最近の持ち込みに来る漫画家志望者は、同人を経験した人は「もっとここをこうしたら売れるでしょうか」という話をして、同人経験の無い人ほど「自分の描きたいものを描きたいんです」というそうなんです。

小沢:同人を経験している子ってマーケティングとか一通り全部わかっているんですよね。お金を頂いて、自分が描いたものを渡してという交換があるところで、ひとしきり出版業界というもののシュミレートをしてきてる訳です。なので、ずっと漫画ばかり描いていて、初めて持ち込みに行くみたいな子よりも、そういうところの経験を経てきた子の方が総じて「大人」ですよね。

ちなみになんですが、デスパレのパッケージイラストはどなたが描かれていたんですか?

小沢:あれは作画担当の妹尾が描いています。何を参考にしたのか知りませんが、あっち方面のものを見ながら「描けねー!」って言いながら描いていました(笑)

その苦労は存分に伝わってきました(笑) デスパレに加えもうひとつ、ストーリーの大きな軸として表現規制問題がありました。規制推進派の急先鋒としてアデナウアーというキャラクターが登場するなど、解決しなければならない問題として作中に常に存在していましたが、どうして規制問題を描かれようと思われたのですか?

小沢:大トイボの2話目で、仙水が「影響を与えないものなどなんのために作るんだ」と記者会見で宣言する話を描いたときに、「まだ描ききれていないな」と感じたんです。あの時点でたしか3年後くらいに、いくつか規制関連の法案とか出版業界が関わってくる法律の動きを見て、児ポ法の改正をするかしないかという動きが来るというのがわかっていたので、それを見越して児ポ法を取り入れようという話をしていました。

そして作中の物語が佳境に入る頃、ちょうどタイムリーな話題になるよう狙っていたんでしょうか?

小沢:いや、現実よりも先んじて描けると思ってたんですよ。それより前に描ききって逃げてやろうと思ってたんですけど(笑)、思ってた以上にドンピシャになっちゃったりして苦労しました。

合間に非実在青少年問題とかがあったり。

小沢:あれは読めませんでしたね~。トイボを描いているときに、神奈川県で『グランド・セフト・オート3』が有害指定を受けたりしていたので、都道府県単位ではそういうのもあるかと思ってたんですが、あんな「非実在」なんてキャッチーな名前で来るとは思いもよらなかった(笑)

なにはともあれ、現実がそのような展開を見せるなか、現実とのリンクは考えざるをえなかったのでしょうか。

小沢:そこは繋げたというよりも、繋がっちゃった感じですね。後追いで時代が付いてきちゃって、困ったところがありました。実際に現実で表現規制に対して一生懸命動いてられる方の足枷になっては悪いし、その人達に対してネガティブな影響をもしあったりしたら非常に申し訳ない話だし。そういう意味でやりづらかったというか、描き方が難しかったところはありますね。もちろん無い方が良いに越したことはないものなので、個人的なスタンスとしてはもちろん反対です。ただ交渉事という側面もある話なので、難しかったのはそこのさじ加減でしたね。

デスパレと表現規制という二つの軸がある中で、2巻の作者コメントにもありましたが、作中で描かれていたのは各人の「コンプレックスの有り様」でした。能力はありながら天才太陽ほどの才能を持ち合わせていない仙水、夢と希望しか武器がないモモちゃんなど、クリエイター業界にいる人なら誰かしらに感情移入してしまいそうなキャラの配置だったと思うのですが。

小沢:これはわりと人間の根源だと思うんですが、人って問題があるととにかく解決したくなるんですよね。たとえば、ゲームの基本でもあるんですけど、画面で右を向いたキャラクターがいると右に走りたくなるし、隙間があればその間をジャンプしたくなるじゃないですか。それと同じで、コンプレックスって歩いていた道に空いた穴みたいなものだと思うんです。そういった問題があるととりあえず何とかしたくなるというのが、人を動かすための原動力というか、根っこの力としてあると思うんです。そしてそのコンプレックスをだんだん認めざるをえなくなってくるのが10~20代くらいで、さらにそれをまた克服していく過程の繰り返しの時期だと思うんですね。でもそれって実は、30になっても40になっても変わんないので、たぶん生きていくのはそういう面倒くさいことなんだと思うんですけど(笑)

もう一つ、毎巻のあらすじにも書かれていましたが、「面白いゲーム」か「売れるゲーム」か?という問題も、常に太陽達に突き付けられていました。これは、現実のクリエイターにも常に眼前にある問題だと思うのですが(笑)、その点については現在どのようにお考えでしょうか。

小沢:「売れて面白い」のが1番良いんですけどね(笑) ただ、「売れた」という指標って、何が何でも何百万本売らなきゃいけないということでもなくて、実際何かと言ったらそれが採算分岐点を越えるのが大切なんです。最悪越えなかったとしても、それでもまだ作りたいと思う人達がそこにいて、その人達が次の作品を作れれば、それはもう創作者にとっての「勝ち」なんですよ。逆にいえば、次の作品が作れないことが唯一の負けなんです。

10巻のとある場所で「おまえのおかげでまたゲームが作れる」という台詞があるんですが、そういった視点で見るとあのシーンにまた違った味わいが生まれますね。

小沢:もちろん沢山売れるのは大事だけど、多くの人が作りたい、面白いと思っているものは、最低限次のチャンスがもらえるぐらいには売れるはずなので、心配しないで作ろうよと。お金の集め方や作品の売り方一つとっても、時代がそういう方向に向かいつつあるので、昔に比べてやりやすくなってきたと思いますね。

「ラストの仙水にはもう一つ選択肢がありました」

[warning!]ここから先は、最終10巻についてお聞きしていきます。未読の方は目をつぶって次のページに移動してください!

それではまず、10巻の前半部について。アデナウアーとの決着が、前半の中心となっていました。

小沢:ひとつ前の9巻で太陽との決着はほぼ付いていたんですが、あれだけだとまだアデに付いている憑き物みたいなのが落ちている気がしなかったんです。なのでそこを描かなくちゃいけないというところが10巻にはありました。とはいえ、10巻辺りの展開はある程度考えていたんです。アデの正体の話にしても、登場させるときから決めていたぐらいで。それでも中々難しかったですね。58話目の最後の台詞がずっと決まんなくて、絵だけが先に入って空いたままになっていました。そのまま「どうしよう?」と思いながら1週間ぐらい寝かせていたんです。

その結果が、「あの台詞」に繋がっていくんですね。それを理解した上で、もう一度読み返してみたいところです。そして後半部では、仙水と太陽の話へと物語が収束していきます。余談なんですが、無印の2巻で品子さんが、仙水に「そんなことしてると刺されますよ」って忠告してるんですよね(笑)

小沢:そうそう、そうなんです。そして案の定刺されたっていう(笑)

あの台詞は、10巻の話を描いているときに頭にあったのでしょうか?

小沢:いえ、実はあの台詞は覚えていませんでした。展開を決めてから、そういえばそんなこと言ってたね品子さんというのを思い出しまして、彼女も言ってるし間違いないだろうと(笑) ただ品子さんの話は抜いても、仙水が刺されるENDというのは一つの選択肢としてかなり前から考えていました。かつ、もう一つ選択肢がありまして、刺された結果仙水が生き残るか死ぬのか、というところも実は最終回描く日まで決めていなかったんです。

仙水は死んだが、アイツの心は俺が引き継いだ!みたいな展開も?

小沢:それもありだよね、という話もしていて、そっちの方が盛り上がるかなーとか色々悩んだんですけど、最終的に今の形に落ち着きました。

殺されないで良かったね、仙水(笑) その太陽と仙水の関係性の根源に当たる、二人の子供時代の話も印象的でした。

小沢:実はモーニングで打ち切りになったあとに、太陽と仙水の子供時代の話というのを、当時はまだ創刊していなかったモーニングツー向けに描いていたことがあるんです。ネームを切ってOKも出ていたんですけど、なぜか突然「やっぱりダメ」と言われて載らなかったんですが……その中の話をベースにして描いているので、そういう意味では昔から考えていた展開ですね。あと、部屋で寝っ転がってゲームをしながら友達とゲームを作ろうと約束するといったような経験は、同世代のゲーム業界の方と話をすると、多かれ少なかれ似たような経験をしている人が多いようでしたね。

最終的に、男の友情譚となっていきましたね。

小沢:ド直球に描いてしまいましたね、お恥ずかしい(笑)

それでは最後に、ここまで『大東京トイボックス』を読んで頂いた読者の方へメッセージをお願いします!

小沢:なかにはウチの漫画を読んでゲーム業界に入っちゃった人もいるんです。非常にありがたくもあり、責任感も感じるところではあるんですが、そういった人達に「どう?実際中に入ってみて」という話をしたら、太陽が作中で言っている台詞のように「大変だけど楽しい」と言ってもらえたりもするんです。そうするとすごく嬉しくって。仕事の根っこって「大変だけど楽しい」だと思うんです。他の業界の方にも、業界は違うけど一緒ですと言ってもらえることもあります。それがラジオだったりテレビだったり、エンタメの業界の人はほぼ間違いなくそうだし、そうじゃなくても建築の方だったり、中には飲食店をやっている方とかも一緒だといってくれたこともありました。なので、今働いている人もこれから働く人も、仕事には「大変だけど楽しい」という境地があるんだということを、ウチの漫画を読んで知ってもらえたなら、すごく嬉しいですね。

ちなみに……「大 大東京トイボックス」や「新 大東京トイボックス」などの次回作の予定はないのでしょうか?(笑)

小沢:よく聞かれるんですけど、今のところは考えてないですね。もしかしたら外伝的な話はちょこちょこっと描くかもしれません。万が一、一からやるんだとしたら今度はソーシャルゲームが舞台になりますね。ゲームでお金が取れない、課金でしかお金が取れないビジネスモデルが広がっていくなかで、ゲーム会社は、ゲーム制作者はどうするのかという話になると思います。ただそうなると、今よりもっと世知辛い漫画になりそうだなあ(笑)