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【あきそら/うわこい】糸杉柾宏先生インタビュー

『あきそら』などで「性」というタブーに深く切り込む問題作を世に送りだしてきた糸杉柾宏先生。先生が現在連載中の『うわこい』が、今夏前後編にて実写映画化される。映画の公開を記念して、原作者である糸杉先生にインタビューを行った!


『うわこい』が連載に至るまでの経緯を教えてください。

糸杉柾宏先生(以下糸杉):少年画報社の新年会にたまたま顔を出したときに、『うわこい』の初代担当さんとお会いしたんです。最初は軽い気持ちで「画報社でも描かせて欲しい」と話を振ったら、良いですよと返事を頂けて。その頃はまだ『あきそら』が連載中だったので、連載の合間に少しずつ打ち合わせを進めていきました。
そして2011年に『あきそら』の連載が終わったのですが、連載終盤に都条例がからんだ問題に巻き込まれてしまい、続けて秋田書店で描くのは気が引けてしまったんですね。それから、秋田書店の編集さんからは「読切をテスト的に何本か描いてみてヒットしそうなものを探ってみないか」と言われていたんですが、自分の生活と、なにより『あきそら』の連載で抱えたアシスタントさん達を食べさせていかないといけないので、連載で載せて頂けるという少年画報社の方で描かせて頂くことになりました。

『うわこい』という作品はどのようにして生まれたのでしょうか。

糸杉:担当さんから「近親相姦といった要素を使わない、ノーマルな男女のドロドロとした関係を描いても糸杉さんなら面白くなると思う」と言われたんですよ。なるほどと思って何度か打ち合わせを続けた後、「浮気」をテーマにしたお話はどうかと自分の方から提案しました。そこから、ユキテル・レナ・ユノの三角関係を中心にしたストーリーができあがっていきましたね。

それぞれのキャラクターはどのようにして生まれていったのでしょうか?

糸杉:編集長から頂いたアイディアとして、ヒロインのレナとユノはなるべく対称的なキャラクターになるようにしました。たとえば、レナが水泳部でユノは陸上部にする、それぞれに火と水というモチーフを与える、といったように。
それから「浮気」をモチーフにすると決めてから色々と調べていったのですが、最終的にギリシャ神話に辿りついたんですよ。ゼウスは浮気の代名詞のような存在ですし、その妻のヘラの嫉妬深さたるや、「ヤンデレ」のはしりみたいなものなんですよね。これは絶対作品のモチーフになるなと思い、それぞれのキャラのイメージに振り分けていきました。
その他のキャラも、たとえばSF研究会のエリスはギリシャ神話の混乱の女神から名前をとっています。さらに「エリス」という名前の惑星があるので、その周辺の星でSF研究会のメンバーを固めたり、その惑星を発見した人の名前を取ってエリスの恋人をラヴィノウィッツという名前にしたりと、ギリシャ神話とそれに関連するものから登場人物を作っていきましたね。

ストーリーは巻数を重ねるごとに混迷を極めていきますが、最初から物語の筋道は決めていたのでしょうか。

糸杉:いや、描きながら考えていきましたね。というより『うわこい』に関しては、全ての話数をアドリブで乗り切るようにしていました。というのも、『うわこい』では「ライブ感」のようなものを大事にしたかったんですよ。着地点をカッチリ決めて漫画を描きだすと、逆算して描いていくことになるので一話ごとのヒキの面白さが出しにくいんです。できれば読者の方にも自分と一緒にライブ感を楽しんで欲しいという思いで描いていましたね。出来ることならば、僕のアドリブ力がどれほどのものなのか、雑誌で確認して頂けるととても嬉しいです(笑)。

いままでの作品と比べ、『うわこい』で新たに挑戦したことはありますか。

糸杉:作画としては意識的に変えようという気持ちがあったのですが、どう変えれば良いのかさっぱり分からないまま試行錯誤していたので、作画がまったく安定しないまま進んでいってしまいましたね。『うわこい』では一・二巻と比べ、三巻辺りからガラッと作画が変わっていたりします。作画面に関しては、常に変化し続けていたいと今でも思っていますね。
ストーリーについては、描いている題材の違いこそありますが、テーマは共通しています。正直自分は「タブー」と呼ばれるもの、世の中でいけないとされている事に触れさえすれば、何でも描けると思っているんですよ。なぜかというと、「いけないとされていることがなぜいけないのか」という問いに対して、究極的には答えがないからです。だからこそ絶えることのない普遍的なテーマなんだろうし、物語として作品に昇華していくものなんだと考えています。作品の形がどう変わったとしても、タブーに触れていく漫画をこれからも描いていくのだろうと思います。

作品に共通するものといえば、『あきそら』・『うわこい』ともに「恋愛」や「性」といったモチーフもふんだんに使われています。その点を、糸杉先生はどのように考えているのでしょうか。

糸杉:まず、そもそも恋愛って「壁を越える」ことだと思うんですよ。一方的に誰かを好きになるという片思いは誰でもすることですけど、そこから先の関係に進むことって一つの大冒険じゃないですか。その冒険が出来るか出来ないかで、その人の人生観や価値観がガラリと変わってきますよね。
それで、なぜ僕が恋愛や性をモチーフに作品を描くのかといえば、僕は若い人に僕みたいな不遇な青春を送って欲しくないんですよ。僕は学生の頃は成績もそれなりに良かったし、部活で賞を取ってテレビに出たりと輝かしい過去もあるはあるんですけど、周りからは成績が良いだけの優等生扱いで、クラスにも部活にも誰も僕の味方がいない孤独な青春だったんです。もう人間不信状態で、そんなヤツが恋愛という大冒険なんて出来る訳ないじゃないですか。そのせいもあって、一度人格が歪んでいってしまったんですね。

糸杉先生にそのような暗い過去があるとは意外でした。

糸杉:僕はそんな不遇な時代の自分に向けて漫画を描きたいと思っているんです。中高生でうじうじ思い悩んでいるこの瞬間も、その裏には恋愛や性という面白い世界が広がっていてそれを楽しんでいる人達がいる。ジャンプ作品のような、特別な才能を持った人間が活躍する世界が唯一の面白いものではなく、僕達の身近な生活の裏側にもワクワクするような世界が存在している。そして、君達が立ち止まってその世界に踏み込まない理由は何一つないんだ、ということをまずは教えてあげたいんです。
そのために絶対に越えなければいけない大きな壁が「性」です。だから性について描くということは、あらゆる作品のテーマの起点になります。ラブコメであっても、直接描くか描かないかというだけで、最終的に全ては性という問題に結び付いている訳です。僕の場合は、一番分かりやすい形の「セックス」として表現しているだけです。そういったものを、若い時の自分が見たかったはずだという思いがまずあり、それを作品という形で見せたいという欲求の元で漫画を描いています。

ここからは、映像化に関してお聞きしていきます。『うわこい』が映画化されるというお話はいつ頃お聞きしていましたか?

糸杉:四巻が出る直前に、「帯に『映像化』と入れて良いですか」という話を担当さんから聞かされて、そのとき初めて知りましたね。だから、タイミングとしては読者の方と大して変わりありません(笑)。

『あきそら』でアニメ化をご経験されている糸杉先生ですが、今回の実写化をどのように受け止められましたか?

糸杉:まず「やった!」と思いました。『あきそら』では、声優さんが演じたりアニメとして演出されることに向いているストーリーや絵作りを心がけていたんです。しかし『うわこい』では、写実的な背景に重きを置いた作画や、なるべく映像的な演出になるように意識していたんですね。だから実写化のお話を頂けたときは、実写畑の人が映像にしたくなるような作品を作れていたというのが分かってすごく嬉しかったですね。

映画制作には、糸杉先生はどの程度関わっていたのでしょうか。

糸杉:制作に関しては完全にお任せする形で、一切参加しませんでした。呼ばれない限り撮影現場にも行きませんと最初に宣言もしていましたね。基本的に芸能界や映像の世界は自分と全く関係のない世界ですので、そういったところに素人が足を突っ込んで良いとは思えなくて、ましてや現場に行き、注文を付けたり駄目出しするという権利がある訳がないだろうと。だから気にせずどんどん原作から変えてもらって構わないと伝えましたし、むしろ原作をどういじってくれるかということに興味がありましたね。

完成した作品を見てのご感想をお聞かせください。

糸杉:漫画と映画というメディアの違いを強く感じましたね。漫画における限界って、一話ごとの尺が短いということに集約されるんですよ。だから漫画で一番大事になってくるのは、短いページ数の中で、誰々は誰のことが好き、といったような「状況」を作ることなんです。しかし状況を見せるということを前提に描き始めると、なぜその状況になったのかという「説明」、たとえばキャラクターの動機付けであったり過去に何があったりといった様なことが常に後回しになってくるんです。
しかし映像にした場合には、その説明の部分が必要になるのだと思います。だから映画版では、原作とは話の前後を入れ替え再構成して、説明の部分を補完するように編集されていましたね。原作者としてそういう変化から、映像を作った人がどういう思考を経て映画版を作ったのかがすごくわかりましたし、気付きも多くありましたね。

キャストの方達の印象はいかがだったでしょうか。

糸杉:主演の柳ゆり菜さんとは直接お会いしたんですけど、間近で見ると美人ですし、なによりめちゃくちゃ可愛いかったですね。レナ役の本山なみさんも素敵な方でしたので、役者さん可愛いなと思うだけでも楽しく観れましたね。
ユキテル役の石田君は……可愛いところもあるんですけど、なによりカッコイイんですよね。イケメンであることが隠し切れない。なので、ただでさえクズな原作のユキテルと比べ、クズ度が10倍増しになって見えてしまいます(笑)。本当に「こいつ生かしておく価値がないな」という感じのクズさになっているので、映画をご覧になる方はその辺を楽しみに見に行ってください。

それでは最後に、これから映画をご覧になる方への注目ポイントを教えてください!

糸杉:原作をもしご覧になっている方なら、原作とはまた違った『うわこい』が見れますので、どういう風に変わっているのかということに注目しながら見て頂くと面白いと思います。僕の作品の読者さんにとっては、僕の作品を漫画やアニメのようなキャラクターではなく、生身の人間が演じているものを見るというのは新体験であると思いますので、そこもぜひとも楽しんでもらいたいですね。それから「ここまで脱ぐんだ!ここまでやっちゃうんだ!」というお楽しみもありますので、是非ワクワクしながら映画館に足を運んでください。原作を読んでいない方にとっては、映画版は正直「これから続きはどうなるの」というところで終わっています。なので続きが知りたい方は……是非原作を!ご購入ください(笑)。