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『夜桜四重奏』アニメ放映直前!原作者ヤスダスズヒト先生インタビュー

『神様家族』『デュラララ!』などでは小説挿絵のイラストレーター、『女神異聞録デビルサバイバー』などではゲームのキャラクターデザイナー、そして漫画家としては月刊シリウスに『夜桜四重奏』を連載中と、様々な分野で自身の才能を発揮されているヤスダスズヒト先生。
まずインタビュー前半では、「夜桜」の作品制作にまつわるあれこれについてお聞きしました!

『夜桜四重奏』という作品で、一番最初にあったイメージはどのようなものでしたか。そこからどのようにイメージを膨らませていきましたか?

ヤスダスズヒト先生(以下ヤスダ):最初は町に住む男の子の成長物語として描いていこうと思っていましたが、だんだん町自体を描きたいなと思うようになり群像劇で行こうと決めました。群像劇と言いつつも〆るところはきっちりメインの4人が〆る作りにはしています。

群像劇を描くことの面白さを先生はどのように考えていますか?

ヤスダ:色んな人の、それぞれ色んな考え方を、色んな手触りで見せれるのがとても楽しいです。

中高生くらいの年齢の主人公達が、町長や事務所の所長といった形で社会に関わっているのが他の少年漫画作品と少し異質な部分になっていると思うのですが、あれらの設定はどうして生まれたのでしょうか?

ヤスダ:主人公達の「親」の世代を意図的にすっぽり抜いていまして(設定にも関わってることではあるのですが)、助けてくれるのはお兄さんお姉さん世代、おじいさんおばあさん世代、そしてなんでもありの神様、という構図がやりたかったというのがあります。少年少女が困った時に「親」の世代が助けてくれる、というのを完全にスポイルした結果、少し変わった手触りがあるんではないかと思っています。

「夜桜」の原型となる連載案は音楽モノだったそうです。そちらから引き継いだ要素はありますか?(表紙でキャラクターに楽器を持たせているのは音楽モノだった頃の名残ですか?)

ヤスダ:表紙に楽器を持たせているのはキャラクター性を楽器で紹介したかったのと単純に見栄えが欲しかったからで、初期設定を引きずっている感じでもありません。キャラに関しては一番最初の原型から残っているのは秋名、アオ、ヒメ、恭助だけですね。

主人公秋名の、キャラクターデザインや性格付けに関して注意したことなどあれば教えてください。また「調律(チューニング)」という能力はどのようにして思いつかれたのでしょうか?

ヤスダ:秋名はなるべくのらりくらりとしていて欲しいなと思っていますが、なよなよや気弱にだけはしたくないなと思っています。主人公男の子キャラってなかなかデザインがやりづらくてメガネかけて逃げさせる手法が結構あるので、そこだけはどうにか外そうとはやりくりしました。
調律に関しては世界観ひっくるめて構築する上で必要条件として出てきた能力なので、ひらめいたという感じではありませんでした。

メインヒロインのひとり、槍桜ヒメの「ツンヘコ」という属性はどのようにして生まれましたか?また、ヒメのキャラデザといえば首に巻かれたマフラーですが、デザインと、マフラーにまつわるエピソードはどちらから先に生まれたのでしょうか?

ヤスダ:キャラは自然に動かしていたらそうなっていました。マフラーに関しては同時発生でした。

様々な伏線が重層的に絡み合う本作ですが、連載開始前に、キャラクター、設定や世界観、その後の展開etc……をどれくらい準備したうえで連載に臨みましたか?

ヤスダ:りら編以外は連載初期段階でプロットがほぼほぼ出来ている話ばかりで、そこにたどり着くまでの数年の間になんとなく頭で練り直したりしています。警察編、鬼殺し編は早く描きたい描きたいと何年もうずうずしていた話です。

シリアスな展開の中にも、必ずギャグ/コメディシーンが挟まれることが、適度な息抜きになって読みやすさを増しているように感じます。そういうシーンは意識的に取り入れているのでしょうか?

ヤスダ:読み味が良くなったり、その後の盛り上がりが生きたり、テンポが良くなるような、フックになるものをなるべく入れるようにしていて、それがたまたまギャグだったらギャグが入る感じです。同じ方法論でギャグもシリアスも足しているのでギャグが特別、という感じでもありません。

漫画での作画の場合、ギャグシーンの極端なデフォルメ顔や背景を抜いた白地のコマが特徴的なのですが、意識的に取り入れているのでしょうか?

ヤスダ:全部ガッツリしてると読んでて疲れてしまう、という個人的好みによるものです。

今秋からアニメ版「夜桜」の新シリーズが開始されます。かなり積極的に制作に関わっているようですが、アニメという異業種の人達との共同作業をどのように感じていますか?

ヤスダ:物の作り方のシステムが驚くくらいに違うので最初は戸惑いましたが、だいぶ慣れてきました。「個人の力ではどうしようもない」部分がアニメでは多いので、漫画業界より色んな意味でおっとりした人が圧倒的に多いように思います。

絵の道に進もうと思われたきっかけはなんですか?

ヤスダ:大学1年の頃広告代理店でバイトをしていてそこで広告デザインなんかをしてたのですが、右手を骨折しちゃったのを機にそこを辞めて、その後なにしようかなーと思っていた時に元々美術部で油絵や水彩画を描いていたので、イラストを描いてみようとなりました。元々漫画を読むのが大好きだったんですが、描く事はしていませんでした。

広告代理店での経験が、絵作りに関して役立っていることはありますか。

ヤスダ:デザインの完成型こみでそもそもの絵の構図を切れるのでとてもやりやすいです。あとはそのとき覚えた印刷知識が地味に役に立っています。

初めて商業での仕事を受けることになった時の経緯を教えてください。仕事を得るために、自分から何か働きかけたことはありますか?

ヤスダ:たしかHPに絵を色々のせていて、それを見た編集さんから連絡が来たと思います。当時はまだまだネット絵描きというのも黎明期で、HPもみんな凝っていて面白かったですね。当時あのあたりで活動していた人はみんなHTML打てるんじゃないかと思います。
あと持ち込みは結構やりました、当時は大阪に住んでいたので、上京のたびに3、4社回る感じです。

絵に関して、特に影響を受けた作家さんはどなたですか。また、その人の個性から離れるために何か意識したことはありますか?

ヤスダ:イラストで一番影響を受けたのは間違いなく村田蓮爾先生で、当時はそっくりな絵しか描けなくて悩んでいたのですが先生から「ずっと描いてたら勝手に離れていくから大丈夫」と言われて、もくもくと描いています。
漫画に関しては藤子不二雄先生や伊藤明弘先生に物凄く影響を受けています。藤子先生の描くあのすっとぼけた感じはあこがれです。

アマチュア時代にはどれくらいの量やペースで絵を描いていましたか。また本格的に絵を描き始めてからどれくらいの期間で初仕事を得ましたか。

ヤスダ:一日2枚は仕上げまで持って行こうととにかく描きまくってました。だいぶ前なのであまり覚えていませんが、一年半か二年くらいだったように思います。

イラストレーターから始まり、小説の挿絵、キャラクターデザイン、そして漫画家と多岐に活動を広げられていますが、当初はイラストレーターと漫画家、どちらを目指していたのでしょうか。

ヤスダ:まずは「絵を描く」仕事が出来たら嬉しいと思っていたので、どちらかというのは決めていませんでした。イラストを描いてる時はイラストレーター、漫画を描いてる時は漫画家として頭を切り替えるようにしているので、絵も小説も映像もマルチクリエイター的にジャンルレスにやりたいという気持ちはありません。

商業で漫画を描き始めた時に先生自身が苦労したことはありますか。

ヤスダ:単純に絵はイラストレーターとしてそこまで何年もプロの現場でやっていても、漫画に関しては新人というか素人なので、いきなり描けるはずもなく勉強の毎日でした。今も勉強中です。

イラストを描く時と漫画のコマの中の絵を描く時で、意識の持ち方がどのように変わるのか教えてください。

ヤスダ:同じ話題として考えるのが不可能なほど別物だと思います。

漫画に限らず、シンプルな配色でまとめられたカラーリングが目を引くのですが、彩色に関して注意していることは何ですか。

ヤスダ:要素が多いと圧倒はされるけど心に残らない事が多いので、足し算でなく引き算で画を組むように心がけています。

「ポップさ」を絵に取り込むことを考えているそうですが、先生の考える「ポップさ」とはなんですか?

ヤスダ:キャッチー、フック、色々言い方はありますが、素直に「なんかいいね」と思える部分だと思っています。

最後に、アニメ放映をきっかけに『夜桜四重奏』を読み始める新規読者の方へのメッセージと、「夜桜」連載の今後の目標を教えてください!

ヤスダ:思い出した時にたまに読み返したらすごくいい気分になってもらえるものを作りたいと思っていますので、なんとなくで読んでくださると嬉しいです。
連載目標に関しては、お客さんにもっと喜んでもらえるように頑張ります。