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「やっぱりうちが一番いい」と思うために人は旅をする

滋賀・長浜の旅館で一泊した朝、僕は長浜港へ向かった。途中、公園で一匹の野良猫に出会った。

よほど地元の人たちが優しいのだろう。何の警戒心もなく、頭をすり寄せてなついてくる。

そしてゴロンゴロンと何度も寝返りをうった。

まるで自分の家にいるかのようなくつろぎ方だ。

何にもなくても、じゅうぶん楽しくやっていけるよ!

そう教えてくれているようだった。蓄えがあるわけでもないし、寒さしのぎにヒートテックを着るわけでもない。

生活の保証なんて何もなさそうだが、そんなのお構いなしといった雰囲気だ。不安を感じるより先に、今生きてることの幸せを存分に味わってるようだった。野良猫に人生の達人ぶりを垣間見た。

そして長浜港から竹生島(ちくぶじま)へ向かった。

竹生島は琵琶湖に浮かぶ小さな島だ。

ここには日本三大弁天の一つに数えられる宝厳寺(ほうごんじ)がある。他は厳島神社と、江島神社にあるらしい。

京都の友人に勧められ、行ってみたいと思い、やってきた。みんながゼーハー言いながら、急な階段を登り切ったところにそのお寺がある。

僕もゼーハー言いながら登りきった。上はゼーハー祭り状態だ。日本で一番息切れが聞ける場所に違いない。

本堂近くにある納経所には行列ができていた。どうやら御朱印目当てのようだった。

僕は御朱印に興味がなかった。しかし行列のあるところに何があるか知りたい好奇心があった。

30分並んでようやく手に入れた。

なるほど大人のスタンプラリーみたいなものか。御朱印が貯まっていくと、写真とはまた違う思い出アルバムになりそうだ。

納経所では3人のおじさんが横一列に並び、まるでアイドルのサイン会並みに黙々と書き続けていた。

書く相手が変わるとはいえ、ほぼ同じような内容をひたすら書き続ける行為は到底真似できないと思った。

長浜港に戻り、駅のコインロッカーに預けたスーツケースを取り出すと、僕は琵琶湖を一周するように今津に向かった。

湖西は心なしか落ち着いた雰囲気を感じた。
海が空へ溶けていくようだ。

宿泊した旅館の女将さんは、驚くほど無表情で、Googleレビューとかに悪く書かれるのではないかと心配になるほどだった。

ただ淡々と駅まで送迎してくれて、淡々と部屋に案内してくれた。ほぼ無言で最小限のことしか喋らないが、カーステレオからはずっとサザンオールスターズが流れていた。きっと悪い人ではない。むしろ必要以上に会話をしない感じが心地よかった。

日も暮れて、夜は地元のお弁当屋さんで唐揚げ弁当を買った。かなり年季の入ったお弁当屋さんだった。おじさんはいったい何年ここで弁当を作ってるんだろう。

僕が小学生の時も、大学で勉強してる時も、会社員時代に丸ビルで働いてる時もこのおじさんは、ずっとここで、唐揚げを揚げていたような気がした。

宿に戻りテレビをつけると、『魔女の宅急便』の作者である角野洋子さんがキャンピングカーで旅をする様子が映されていた。

私が小さい頃、よく父に旅行に連れていってもらいました。父は「やっぱりうちが一番いいなぁと思うために旅をするんだ」と言ってました

NHKEテレ「カラフルな魔女〜角野栄子の物語が生まれる暮らし」より

「やっぱりうちが一番いい」と思うために旅をする。たしかに、そういう要素はあるかもしれない。

見失いかけた日常の意義を確かめるために、非日常に逃避してリフレッシュする。

思えば今回の旅は「そうだ、京都へ、失踪しよう」という思いつきから始まった。

ありがたいことに誰からも心配されることなく、むしろコメント欄では「今度は高知に遊びにきてください!」とか「一緒に旅してるみたいで楽しい」とかコメントしてくださる方もいて、いつもの日常とは違う時間を過ごせた気がする。

朝見かけた野良猫も、御朱印をひたすら書き続けるおじさんも、淡々と無表情で仕事をこなす女将さんも、弁当をつくりつづけるおじさんも。

誰もが誰かと比較するわけでもなく、ただ目の前の日常を生きているようだった。それが何だかとても美しいことのように思えた。

旅館の近くのお寺にはこんな掲示があった。

旅の締めとして、ありがたい言葉をもらった気分だ。

翌朝、女将さんに駅まで送ってもらい、京都の「市川屋珈琲」でフルーツサンドを食べてから東京に戻った。ここも友人に勧められた場所だった。思えばいろんな人のおすすめに導かれた旅であり、ある側面を辿ればグルメツアーでもあった。

東京砂漠と思えた赤坂の自宅に戻った。
あぁ、やっぱりうちが一番いいかもしれない。
(いや、別府の実家の方がいいかもしれない)

ホームスピーカーのAlexaに思わず語りかけた。

僕「Alexa、久々に家に帰ってきたよ!今日からまたよろしく!」
Alexa「ごめんなさい、ちょっと分かりませんでした!」

早く、また旅がしたいと思った。

(おしまい)

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