人の世の生きづらさ。『平安人の心で「源氏物語」を読む』

小説であれエッセイであれ、人々によって長く読みつがれてきたものには価値がある。そういう意見を初めて見たのは、二十歳前後の頃だっただろうか。さまざまな古典に目を通している人が、ネットにそう書いていたのだった。「だから最近は自分もたくさん古典を読んでいるのだ」と。

しかし、古典は昔の社会を舞台にしているので、社会制度や価値観も今とは異なる部分が大きい。理屈ではわかっちゃいるけど、読んでいていささかしんどい。そんなふうに感じてしまう時もある。

山本淳子著『平安人の心で「源氏物語」を読む』を読みながら、私はちょっとつらい気持ちになったのだった。

誤解のないように言っておくと、大変面白い本だった。源氏物語を題材に、当時の皇族・貴族の生活や政治闘争を解説しつつ、源氏物語は醍醐天皇〜村上天皇の代を舞台にしているのではないか?という説を提示してくれる。物語が生まれた背景には、このような社会情勢があったのだ、という話も。

私はどうしても源氏物語が苦手だったので、漫画にしようと思って大和和紀著『あさきゆめみし』を読んだクチである。当時の貴族の皆さんは出世したり入内したりすると呼び名が変わるので、漫画のほうがわかりやすかったのだ。

しかし漫画になっても、しんどいものはしんどい。物語の底に流れている当時の価値観がしんどくて、つらい。私がこの時代の貴族に生まれてたら発狂したんじゃなかろうか。抑圧がすごい。

そりゃ出家しちゃうよね。光源氏とかかわった女性たちが、やけに出家しまくっているのを見ながら、遠い目になってしまう。

『平安人の心で「源氏物語」を読む』によって、源氏物語の背後にある社会情勢や価値観を整理して読んだおかげで、いっそう「平安貴族、む、無理……」という思いが増したのだった。

源氏物語の中で、私はどうしても冒頭の桐壺のエピソードに納得がいかなかった。彼女と桐壺帝の仲がこじれなければ、そもそも光源氏の物語は生まれずに済んだのではないか。

・桐壺が周囲の非難に衰弱して光源氏を産んだあとで早死にする
・桐壺帝が「死んだ桐壺に似てるから」という大変失礼な理由で藤壺を寵愛する
・光源氏が藤壺に懸想して禁を犯す
・光源氏が「藤壺に似てるから」という下心まみれの理由で紫の上を連れ去り、何年か育てたのち、いきなり襲って妻にする
・光源氏が「藤壺に似てるかもしれない」という妄執で女三の宮を正妻に迎える
・その結果として紫の上は心身を病み、出家を願いながら果たせずに死ぬ

これ全部、そもそも桐壺帝が周りの非難にまったく耳を貸さず、桐壺ばかりを寵愛したせいでしょ? と私は思ったのだ。桐壺帝は彼女が大事なのだと言いつつ、彼女を追いつめるようなことばかりしている。

『平安人の心で「源氏物語」を読む』では、この桐壺のエピソードは一条天皇と中宮定子の史実をベースにしているのだと指摘する。一条天皇は、後ろ盾(実家)の弱い定子を寵愛していた。

ただ、史実は源氏物語よりも救いがない。実家の事情で追いつめられた定子は出家した。当然ながら一条天皇との男女関係もご破産になった。なのに、定子に執着する一条天皇は、彼女を宮中に戻して還俗させてしまうのだ。当然ながらふたりは周囲の激しい非難を浴び、定子は陰湿ないじめを受けて二十四歳で亡くなる。

光源氏は、紫の上を自分の浮気で苦しめておきながら、彼女が出家を願い出ても死ぬまで許さなかった(出家したらセックスできないからである)。そんな源氏物語であっても、出家後の女性に関係を強いて、無理やり還俗させる(そして子どもを産ませる)という無茶なエピソードは出てこない。いやほんと無茶ですよ一条天皇。

『平安人の心で「源氏物語」を読む』の著者は、定子の絶望に思いを馳せる。実家は落ちぶれ、世継ぎを産んでも彼女の立場は守られず、救いを求めて出家したのに男の愛執で踏みにじられ……。

桐壺のエピソードは、現実よりもまだマシだったのだ。そう思うと源氏物語、ますますつらいものがある(ちなみに清少納言が仕えていた相手は、まさにこの定子だ)

つらい、しんどいと連呼してしまったが、源氏物語を批判しているわけではない。この物語が長く読みつがれてきた理由のひとつは、人の世のどうにもならない感じとか、女性の生きづらさとか、そういった描写が人々の共感を集めてきたからだとも思うのだ。

ただ、こう、自分が疲れている時に読むものではないなぁ、と最近になって気づいたのだった。多分、私にとって源氏物語は「元気が出てくる作品」ではないのだろう。解説を読むのは面白いのだが……。それがわかってよかった。元気になりたい時は、別の本を読もうと思う。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

note.user.nickname || note.user.urlname

いただいたサポートで本を買います。ありがとうございます。

今日は野菜食べた?
53

ToLi

コンテンツ会議な感想文

小説、漫画、映画などの感想。コンテンツ会議のタグをつけるよ。
1つのマガジンに含まれています
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。