「香り勘違い」
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それは、成分等をそろえて、あたかもそれが
入っていると感じさせる錯覚作用のようなもの。
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イチゴノワレザンを作るきっかけになったのは、柴田書店が出す「専門料理」の2017年6月号。香りについての文章で、「香り勘違い」に出会ったことから始まる。
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スナック菓子にも使う手法だが、当時の自分はまだこれをパンにおいてやったことがなく、どうしても試してみたい衝動に駆られた。
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まずは、「赤ワイン」
これを使わずに、赤ワインで作ったような香り成分を集めることから始めた。
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最初に選んだのは、ドライイチゴ。
フレッシュ感につながる酢酸エチルや酪酸などのエステル類、甘い果汁感をフラネオール、フレッシュなグリーン感のアルデヒドなど300種類以上のにおい物質があるためだ。
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赤ワインに必要な、酸味のエステルとフラネオールがここで必要となる。熟したブドウ感を出すために、レーズンをカルヴァドス、ラム、ブランデー、シナモンで漬けて、少しのアルコール感とニッキの香りをプラスした。
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フルーツに他のスパイスを混ぜた方が赤ワインの感じは出るのだが、パンにした時に美味しくなかったために、使うのはシナモンだけにした。
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次に、赤ワインに重要な「樽香」
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本当の樽の中にワインが入っているイメージを落とし込みたい。
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これにはクルミを使うことにした。
樽香はクルミの薄皮部分に似た香りがある。
そこで、クルミを中に入れるのではなくパンの表面に全面的に貼り付けて「樽」を作り出した。
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しかし、クルミを全面に出して焼くとローストしたただのクルミとレーズンイチゴのパンになってしまった。これではそれぞれをバラバラのまま感じてしまう。
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ということは、「これ」という決定的な成分が入れられていない証。
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まだまだ、足りない。
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渋味、えぐ味の演出が弱いのだろうか。
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これはクルミで補っているつもりだった。
食べた時にも、しっかりと奥歯では感じられた。
アルコール類と必要最低限のフルーツ臭もバラバラではあるが出ていたはず。
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まだ、補強や増長効果が足りていないのか。
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そこで、細かな部分の苦味と渋味のアルトールの量が多いアニス、ナツメグのエキゾチックな甘い刺激臭をプラス。少し爽やかでオリエンラルなガラムマサラをさらに加えた。
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よし、香りの面では赤ワインに近付いた。
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次は、清涼感と酸味を伴った果皮感の表現。
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これにはシトラールのレモンを使う。
香りが丁度良いレモンゼストのドライとスパイスを、樽に見立てたクルミの方にまぶすことにした。
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これで、樽のクルミ部分に口を持っていく第一食感の時に鼻先から嗅ぐオルソネザール香が成立。
次に中身に行く時にフルーツの風味と最初の食べて残るスパイス香があわさる所までは、良かった。
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しかし、どうもパン生地とのバランスが悪い。
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パン生地が白い粉では軽すぎてしまうのか。
そこで、パン生地とのアンバランスの修正作業に入ることにした。
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同調させるには、サワー種のような酸味とライ麦特有の甘味としっとり感がいいはず。
また、咀嚼させることで、多様な香りが時間差で現れる効果を演出した。
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樽からのオルソネザール香に始まり、すぐにフルーツからスパイスにかけての赤ワインの若いヌーボー的な味わい。中間から最後にのど越しに来る時には樽香が混ざった、ベリー系とライ麦のふくよかな香りがレトロネザール香として上がってきて、余韻が引き延ばされていく。
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やっと、「香り」が完成した。
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「香り」をテーマにした、4年近く前のこのデビュー作は、パンでの時間と熟成と温度をもっと細分化するきっかけを与えてくれた。
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その日の状態でのメイラード反応の香り。
キャラメル化の香り。
それを出さない小麦だけの香り。
副素材を活かすための引き算の考えでの香り。
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好奇心からテストを重ね、食べないまでもスナック菓子やコカコーラの裏表示を確認する日々。
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数学者の岡潔さんの「春宵十話」で書かれているように、１つの表現方法で、全てを学ぶ。
今回は「香り」から温度や熟成。
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「香り」であれば香りを集中的に。
「味」であれば味を集中的に。
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１つを追求した時に、全てが繋がる。
パン作りは、本当に人生のようだ。
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パン作りという一本の芯で、
一生をどこまで学べるか。
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考えるだけで、胸が踊る毎日だ。
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「真夜中のノワレザン」
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実は、これが当初の名前。
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分かりにくいため「イチゴのノワレザン」となったが、真夜中にそっと飲むワインと、真夜中まで考えていた自分を重ねた名前だった。
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当日、そのまま千切って食べるもよし。
軽くしたければトースト。くるみはロースト済のため、中身にだけ熱を加えるイメージで。
薄くスライスした、冷えた発酵バターとも温度差で美味しくいただけます。