怪獣をつかう者 3章-2

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これまでのあらすじ:謎めいた怪獣の3D映像上映ショーを繰り返す「リーダー」たちに、神白は3度目の接触を試みる。伊東の推理と調査によって判明した「怪獣のモデルとなったワニ」の存在を問いただすと、リーダーは顔色を変え……


2.

神白は窪地の斜面をよじ登りながら、ここを降りてきたときよりも遥かに興奮していた。

あのリーダーが口を滑らせた。
伊東の推測が当たっていたのだ。

傷のあるワニは実在する。しかも、リーダーは地名を漏らした。聞いたことのない地名だったが、国内であることは間違いないようだ。検索すればすぐに見つかるはずだ。

名刺をもらう約束を取り付けたことよりも、今はワニのことで頭がいっぱいだった。

笹薮を分けながら元のジョギングコースに這い上がると、辺りはもう静かになっていて、観客は誰一人残っていなかった。上映が終わったら、それ以上留まる理由はない。伊東の姿も見当たらなかった。

かなり虫を嫌がっていたし、先に車へ向かったのだろう、と思った。

駐車場に戻るまでに、長い階段をのぼらなければならなかった。丸太で縁取りがされ、砂利が敷き詰められた階段だった。降りてきたときは感じなかったが、なかなかの急勾配だった。
階段をのぼり切って公園入口の駐車場に戻ると、そこに無数に止まっていた車も大半が帰路についており、数えるほどしか残っていなかった。
神白は自分の車の傍に人影を見つけて、思わずまた駆け足になった。

相手が伊東でない、そしてひとりでない、と気づくのがすごく遅れた。神白は彼らのほぼ目の前に、真正面に立ってしまってから、その光景の意味をぼんやりと考えた。

助手席側のドアのすぐ前で、車椅子に乗って出迎えたのは双子の弟のトモルだった。彼だけではない。その周りには、いつも彼とつるんでいる若者が3人、さも偉そうな姿勢で立って、不思議な笑いを含んだ目で神白を見ていた。

3人とも、名字は同じ「中寺」である。ほとんどすべての家が「中寺」の表札を掲げている、隣集落の出身だった。本人たちは「取り立てて近い親戚ではない」と言い張るが、結局のところ、丁寧に家系図を辿って行けばどこかでは接している。
要するには、筋金入りの田舎者たちだ。

「え、何してんの」神白は数秒ためてから、なるべく低い調子で言った。

「お前なかなかいい根性してんな」トモルは車椅子の上でふんぞり返るような姿勢になり、挑発するような声色で言った。「血を分けた兄貴を着拒するとはなあ」

「着拒なんかしてないよ……病院は?」と、神白は言った。

「もう退院した。検査入院って言っただろ。今回は平気なんだ」

「何しに来たの?」神白は本当にうんざりして言った。「お前のこと呼んだ覚えないんだけど」

「電話に出ろよ。クソ野郎」トモルは唸るように言った。「部屋を片付けるっつってんじゃねえか。まさか僕に全部やらせるつもりじゃないだろうな」

「あとでやるって。なんだってこんなところまで……」

「あとでだって? ふざけんな。お前のやることは分かってるんだ。毎度毎度、都合悪くなるたびに伊東君連れて家出しやがって! ワンパターンなんだよ」

「そんなこと」してない、と言いかけて、してないとは言い切れないことに気付く。

「神白さん」中寺のひとりが笑いをこらえたような顔で言った。「じゃ、俺たちもう帰るんで、あとよろしくね、こっちの神白さんを」

「はあ?」神白は怒鳴った。「何言ってんだよ? どういう意味?」

「俺たちはここまでこの人を送ってくるだけという約束だから」中寺は言った。「そういうわけで、仕事は果たしたんで、帰らせてもらいますよ」

「冗談じゃないよ。トモルを連れて帰れ」神白は、笑いながら背を向ける3人に向かって、本気で焦って叫んだ。「困るって。なんでだよ。あり得ないだろちょっと!」

「アキちゃん、なんでだよ」トモルはニヤニヤと笑った。「酷いじゃないか。僕を邪魔ものみたいに言うなんてさ」

「ふっざけんな」神白は中寺3名の背中に向かってあらん限りの勢いで怒鳴った。「てめえらマジでふざけんな」

「やだやだ、おふたりの喧嘩の巻き添えはごめんだ」別な中寺が背を向けたまま片手を振った。「じゃ、ごゆっくりー」
3人は本当にさっさと歩き出してしまい、すぐ向こうに停めてあったワゴン車に乗り込んだ。バタバタとドアが閉まり、エンジンがかかり、次の瞬間には走り出した。

「あり得ないだろ!」神白はもう相手に聞こえていないと分かっていたが、怒鳴らずにはいられなかった。「わかってんのか、こいつを置いてかれたら、何もかも話が長引くだろうが! どういう了見だよ、マジでざけんな、死ね! ぶっ殺す、マジで死ね!」

「ちょっと落ち着けよ、ほんとにさあ」トモルはさも呆れたように、車椅子の手すりに肘をついた。
いつもの電動車椅子ではなく、病院でよく見かけるタイプの簡素なものだった。
この形のものは小型で軽いので、誰かが担いで運ぶには好都合だ。
その代わり、トモル自身は、これではほぼ動けない。トモルの麻痺は腰と背中の境目あたりから始まり、その下全部だ。腹筋で突っ張ることができないので、腕で車輪を回して漕ぐことが難しい。

要するに、この装備で来たということは、介助者が付きっ切りで面倒を見ることが前提なのだ。

「恥ずかしくないわけ?」神白はトモルを見下ろして言った。「何をしてるんだお前は?」

「ちょっとこっちのセリフなんだけど」と、トモルは言い返した。「なんで着拒するんだよ?」

「着拒なんかしてないよ。そろそろ退院してきそうだと思って、電源切っただけだよ」

「なお悪いじゃないか。てめえこそ何してるんだ」

「だってこの休暇中に電話してくる奴はお前くらいだもの。そしてお前と話したくないもの。なんの用事かは分かってるから」

「あー、そう、そうか」トモルは怒りと笑いの混じったような、凄みのある口調で言った。「で? 伊東君にも電源切らせたわけ?」

「え、伊東君?」神白は考えた。「さあ、彼のことには僕は関与してないけど」

「え? あ、そう?」

「伊東君にも電話したの?」

「いや、メールした。ショートメッセージで。『今からそっち行くからアキちゃんを捕まえておけ』って送ったら、そのあと反応が途絶えて、電話も繋がらなくなったから、あ、裏切ったな、って」

「……」神白は、昨日起きたことを遡るように思い返した。

伊東が唐突に「遠くへ行きたい」と言い出したのは、このためか。

「なぜ僕の居場所を……」

「お前たちは有名人だもの」トモルは胸ポケットからスマホを取って、振ってみせた。「僕は『チェイサー』にたくさん知り合いがいるんだぜ。モンチェにも、マスチェにもな。そしてご存知の通り、仙台駅近辺ならば、それとは別の人脈もある。本気で逃げる気なら怪獣サンのことなど忘れて九州あたりまで飛ぶべきだったな! まあもし、そうされたところで、こっちには他の手もあるんだけど」

神白は後半を聞き流した。「とにかくどうするんだよ。お前まさか身一つで来たの? 薬は?」

「薬は持ってきた」

「着替えは?」

「アキちゃんのがあるじゃんかよ。僕たち双子なんだぜ」

「急に体調崩したらどうする。僕は仙台までは送らないぞ」

「何とかなるさ。馬鹿だなあ」トモルは余裕の笑みを浮かべて、「急に体調崩したらなんてね、僕に限らないことなんだよ。アキちゃんはなぜ、自分は例外だと思えるのかね。誰だって突然心臓が止まる可能性はあるんだよ」

屁理屈を言うな、と言いかけたが、神白は言葉を飲み込み、次の一手を考えた。

「ところで伊東君は?」とトモルが言った。

「え、さあ、どこかな」神白は自分のスマホを取り出し、電源を入れ直した。

「なんだよ、一緒じゃないのかよ」

「いや、一緒だよ。たださっきまでちょっと別行動だったから」

気付くと、もう駐車場には神白の車しか無く、人影も一切なかった。

駐車場の外縁にぽつぽつと立っている外灯が、オレンジ色のフィルター越しに弱々しい光を放っているだけ。
ものすごく暗く、静かな、真夜中の公園だった。

祭りが終わったのだ。

「いなくない?」トモルが、初めて真面目な顔になり、少し不安そうに言った。

「いや、そんなはずは……」
ここから宿までは、車ならひと息だが、歩けば数時間はかかる。足を持たない伊東が勝手に帰るはずはない。
辺りにはしばらく店も人家もない。バスやタクシーが通りかかるような場所でもない。そもそも午前4時前だ。
自分の車が無ければ、どこへも行けるはずはない。

どこか、あの窪地の周辺で動けなくなっているのでは、と、神白は真っ先に危惧した。あのとき、付いて来る気は無いと言ったものの、気が変わって神白を追おうとして、藪の中で身動きが取れなくなっているのではないか。
もしくは他の観客とのトラブルか。あのジョギングコース周辺で殴り倒されているとか?

スマホが起動していつもの画面を取り戻したが、トモルからの大量の不在着信と、昨日昼間に何度か伊東から「先に行ってる」「外にいる」等のメッセージが入っていた他は、特に新しい通知は無かった。

神白は<どこにいる?>とメッセージを送った。
山奥だからか、電波はだいぶ弱かったが、なんとか送信はできた。
だが、しばらく待ってもメッセージが開封される様子は無かった。

「おーい」トモルは半分呆れたような、呑気な口調で言った。「迷子か? なぜこんな、はぐれようもない場所ではぐれるんだ? 3歳児か、お前らは?」

「何かあったな」神白は伊東に電話をしてみた。発信音が5回鳴った後、6回目の途中で途切れた。

切られた。

どういうことだ?

伊東をまた怒らせてしまったのか、と根拠のない反省をしそうになって、すぐにそういう問題ではないことに気付く。
怒っているかどうか以前に、だとしたらどこにいるのか、という話だ。
拗ねて隠れているだけか? だとすればもう一度階段を降りて、探してみるべきか。

だが、別な可能性もあり得る。
誰かの車に同乗してここを去ったという可能性だ。

しかし、一体誰の?

「なんだよ、逃げられたのか?」トモルはふざけたようなことを言いながら、わりと真面目な表情で、神白を見上げた。

「わからない……」
少なくとも、こちらからの着信を意図的に切ったということは、この失踪は伊東の意思のはず……いや、電話を操作したのが伊東とは限らないか。
「まずいな」と、神白はつぶやいた。

「どうなってんの?」と、トモルは聞いた。

「わからない。とにかく一応、僕は池の方をもう一度……」神白は階段へ向かおうとして、ふと、車のワイパーの端に白いものが挟んであることに気付いた。

取り外してみると、昼間寄ったサービスエリアのレシートだった。裏面にボールペンで、伊東のものと思われるメールアドレスと、パスワードのような文字列が書いてあった。

「え、何?」トモルが身を乗り出そうとした。「お手紙? 伊東君から? 何それ、ダイイングメッセージ?」

「これをどうしろってんだろ」神白はメモをトモルに見せた。

「ええ、メールを見ろってこと?」トモルは顔をしかめて、「いや、何かのログイン情報かな。Twitterとか。ああいうの、メアドをID代わりにログインできるだろう、確か」

「なんのサイトなのか書いといてくれりゃいいのに」
神白は念のため、もう一度伊東に電話を掛けたが、今度はずっと発信音が続くだけだった。

電波は通じているわけだから、何らかの形で現在地を割り出せれば良いのだが……、
そこまで考えたとき、神白は伊東が一昨日それをやったばかりであることを思い出した。

「iPhoneをさがす」アプリ。

起動するとすぐにメールアドレスと、パスワードを求められた。
神白はトモルからメモを取り返し、そこに書いてある文字列を打ち込んだ。

トモルは何か聞きたそうだったが、黙っていた。

画面には「探索中」の文字が出て、しばらくの間はほとんど画面が動かなかった。ここでは、電波が弱すぎるのかも知れない。こんなので本当に見つかるのだろうか、と不安になった。

しかしやがて、真っ直ぐな道路と、その道路沿いにかなりの早さで進んでいく緑色の丸いアイコンが表示された。
神白はトモルに画面を見せた。

「え、何これ?」

「伊東君のスマホがこれで追跡できる。誰かの車に乗ってるな」

「へえ」トモルは感心したように、画面を覗き込んだ。「ハイテクだなー」

「追いかけてみるしかない」神白は地図の倍率を変えてだいたいの位置を見定めた。この公園に接している大きな道路をまっすぐ北上しているようだ。

かなり差を付けられているが、飛ばせば追い付けなくもない気がした。
スピード違反を気にしなければ、の話だが。

「行こう。とにかくお前も乗って」神白は車のロックを解除して、助手席のドアを開けた。

「アキちゃん……」トモルは神白に抱えられて座席に入りながら、急にすごく控えめな声で言った。「僕、実はトイレに行きたいんだが」

「え?」公園のトイレがあるだろうと思って神白は素早く駐車場を見回したが、それらしいものが見当たらない。
よく見ると階段の降り口に小さな矢印型の立て札があり、その斜め下向きの矢印の中に W.C. 階段下右折 30m と記されていた。

この階段を、成人男性を抱えて往復するのはキツい。

神白は助手席のドアを勢い良く閉め、残された車椅子を畳んで後部席に積み、自分は運転席に回った。
エンジンを掛け、黙って発進する。

駐車場を出てしばらくしてから、神白は前を見たまま聞いた。
「あとどれくらい我慢できる?」

「まあ、まだ……」トモルは口ごもった。「だって結局、選択肢はないだろう。見つかるまで待つさ」

「どうなるか分かんないぞ。このさき一軒も店が無かったらどうする」

「限界が来たら言うから、おろしてくれ」

「おろして、おれが脱がせなきゃいけないんだろ?」神白は溜息をついた。「マジで勘弁しろよ。なぜ家で静かにしていられないんだ」

「いや、家で静かにしてられない張本人がそれを言う?」

「自分でやれる範囲のことをしてくれよ」

「そういうのって、ねえ、差別じゃないですか?」

「ああそう……」
結局また、うるさいやつが助手席にいることに変わりはないわけか。

「大丈夫だって」と、トモルは言った。「何があっても座席は汚さないから。対策はしてる」

「じゃあもうトイレなんていらないんじゃない?」

「僕は人間だぞ。人間扱いしろ」

「うん、まず人間らしく常識的に振る舞えよ」

「てめえにだきゃ言われたくねー」トモルは神白から預かったスマホを眺めながら、「しかしこれ、伊東君は誰の車に乗ってるんだろうね? 逆ナンかな?」

「ああ、そうかも」神白は投げやりに返した。「あの子、誘われるとだいたい誰にでも付いてくから」

「マジかー。あの顔で節操無しでは、目も当てられんな」

「ほんと、何やってんだか……」

道路はどこまでも真っ暗で、真っ直ぐだった。他の車も見当たらない。
辺りは鬱蒼とした森で、道の両側から高い枝が張り出し、トンネルのように頭上を緩く覆っていた。

夜明けはまだ遠い。だが、昼間よりもずっと、今この瞬間のほうが、目が冴えているような気がした。

神白はゆっくりと、更に深くアクセルを踏み込んだ。

(つづく)


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森とーま@文フリ東京11/24

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怪獣をつかう者

長編小説「ゾンビつかいの弟子」のエピローグの続きを書いたものです。これ単体で読んでいただけます。
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