母の手

私は母に手を引かれ

夜更けの山道を歩いていた

母と一緒なら怖いものなど無かった

寂しく響く梟の鳴き声も

魍魎たちが闊歩する暗闇も

母は強く私の手を引き

どこまでも歩き続けた

私は母に問いかけた

どこまで行くのかと

いつまで歩くのかと

だが母はそれには答えず歩き続けた

私は半ば引きずられながら

思い出していた

誰が私を呼んでも

たとえそれが母の声であっても

決して扉を開けてはならぬと

そして夜明けには必ず戻ると

母はそう言い残し出掛けて行った

母に渡されたお札を貼り

扉に閂を掛け

私はふとんにもぐり込んだ

それから半時ほどして

扉を開けよと私を呼ぶ母の声を聞いた

紛れも無くその声は

母のものだった

幼い私はお札を剥ぎ扉を開いた

それからどれほどの時が流れたのか

遠くから私の名を呼んでいた母の声は

いつしか私の耳には届かなくなった

そして悠久の時を隔てた今でも

母の手に引かれ

私は深い闇を彷徨う

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