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ガブリエル・夏 32 「4本脚」

ガタン。またポールのところを通り越して、2人の乗ってるリフトが少し揺れた。ポールについてた表示は4/18。長いリフトなんだな。

まみものバッグから、ハリボのカモの一団が取り出され、十数羽がまみもの手のひらに残り、残りのものはバッグに戻された。外した手袋が落ちないようにしつつ、カモの入った手で一方を押さえながらファスナーを閉めるのは難しく、手のひらの角度が変わった時に、数羽のカモが落下していった。「ああ〜。ごめん〜。」 落ちていくカモたちは、大丈夫〜とも、なんで落とすのよ〜とも、ガーとも言わない。
レイも何も言わなかったが、落ちていくカモたちを、最後、雪に数センチ埋もれるところまで見たようだった。

「ガー。ガー。ガブくんは家ではいつもそういう顔してるのかい?」
まみもの掌からヨチヨチ進み出てきた半透明の黄色のカモが、レイの視線の先に入って、レイに質問する。レイは、カモを見据えてから、不意に前傾して、それをパクッと食べた。次に半透明緑色のカモがヨチヨチ出てくる。今黄色が食べられたところまで来て、「ガブくん、……」と言いかけたところで、もうレイに食べられた。
「僕をガブくんて呼ぶのは、まみもちゃんだけなんだよ、ハリボ。」そんなこともわかってないの君、という上司というよりは、その上司の態度によって傷ついた後輩を労わる先輩の感じで、レイは二羽のカモをもぐもぐしながら言った。3羽目は赤いのが行った。
「ミスター・エドワーズ、何か考えごとをしているの?」 レイ(レイ G. エドワーズ)は、黄色と緑をまだもぐもぐしながら赤いのを見て、やっぱり赤いのも食べてしまった。それから3羽をもぐもぐしながら、まみもの手のひらに残っているカモたちに手を伸ばしたが、手袋をしてるので狙ったカモを掴めない。雑にやって、また数羽が落下するのを避けようと思ったのかどうかはわからない。レイは、今度はカモの乗ってるまみもの手を自分の顔の前まで引っ張って、残っているカモをいっぺんに口に入れた。いろんな色のが20羽ぐらいいたと思う。ハリボは結構硬いのに。レイは顔の筋肉をたくさん動かして、カモたちをもぐもぐする。さっき、レイのベロがまみもの手を少し舐めた時は、野性の勇ましさのようなものを感じたけど、顔中の力を使って一生懸命噛んでいる姿は、とても幼く純粋なものに見えて、愛おしく感じる。まみもは胸の辺りで、ジーンと温かいのを感じた。レイが笑わない緊張感は緩んで消えた。
「かわいい。」 
レイの将来の彼女を想像していた時の「いいなぁ。」が出てきたのと同じところ、だいぶ中の方から声が漏れた。
レイが、その声に反応してしてまみもを見る。まみもの顔は、「ご飯なに?」の質問が出た時と同じぐらい喜んでいる。ぎこちなく、オドオドした様子はなくなってる。レイはまだ何も言わずモグモグしながら、前に向き直って、右脚をまみもの左膝に乗せる。スキーがあるので、よっこらしょと持ち上げてから。左脚も浮かせて、同じように何かに引っ掛けるように動かしたけど、置くところがない。
「こっちにもまみもちゃんがいたら、両脚かけられるのに。」と言った。
「できるよ。」
まみもは言って、まみもの左膝の上にきているレイの右膝の上に、自分の右脚を乗せた。
「こんどガブくんのそっちの脚。」
レイが左脚を乗せると、2人分の胴体から4本の脚が出て、それを組んで、おとなしく座っている変わった人のようになった。ブーツがガチャガチャいう。スキーは、どれがどの脚のか、上から見てもわからない。自分の脚を動かそうとしても、他の脚の重みでうまくいかない。自分の上半身と繋がっている脚がどれとどれかも、はっきりとはわからなくなってくる。

「タコってこんな感じでやってんのかな。あと4本も。」

4本脚の2人組は、この体制でいるのがおもしろくなってきた。特定の脚を持ち上げるゲームをしていたら、知らないうちにリフトはもう18/18を過ぎていて、降り場がそこまできている。すぐに解かなくてはいけない。リフトの係の人がピーピー笛を吹いている。

「わ。早くしなきゃ。順番に!」

レイとまみもは急いで脚を解こうとするが、スキーやブーツの金具が絡まって、すぐにはうまくいかない。慌てていたら、体制が崩れて、2つの胴体と4本脚のひとかたまりのまま、降り場のところでゴッテンと落ちてしまった。リフトはもう係の人が止めてくれたので危なくはないが、早くリフトと人の通り道の外側に出ないといけない。係の人が、またリフトを動かせるように。

「エンチュルルドン!エンチュルルディンゴン!」

レイとまみもは、脚とスキーが絡まったまま、匍匐前進の感じで、脇にむけて移動する。係の人にごめんなさいと言いたいのだけど、I'm sorry のドイツ語はまだ覚えていない。何度か練習したけど、ちょっと長いのだ。Excuse me は確か、エンチュルルディンゴンか何か、そんな感じだったと思い出し、這いながら、係の人に向かってそれっぽいのを色々言ってみる。多分間違っているのだろう、真面目そうな係員は、一貫して呆れた表情をして、2人が邪魔にならない場所まで移動するのを待っているだけだ。

安全なところまで這っていきながら、レイとまみもは、クククク、クククク、笑いが止まらなかった。ゲレンデの端まで出て、絡まっているスキーと脚を1つずつ元に戻していると、上から滑ってきたスキーヤーが近くでエッジをきかせてターンした。舞い上がった雪が2人にかかった。さらっとしていない。ジャラっという感じの雪。冷たい。その人は滑りながら何とかかんとか言って行った。ほとんど聞き取れなかったが、1つ聞き覚えのあるのが入っていた。


「………,………。エンシュルディゴン!………………」


レイとまみもは顔を見合わせた。
「エンシュルディゴン! (Entschuldigung) 」

さっき、係の人に言いたかった言葉だ。これだけでまた大爆笑。レイと一緒だと全部楽しい。 レイが笑うと、生きててよかったという気がしてくる。

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