_死_の考察

【論説】「死」の考察


「死は私と関係ない。
 私がいるうちは死んでおらず、死んでしまえば私はいないから」

悟ったように昔の賢人は語ったが、はたして本当だろうか。

「死」と「私=生」は、さような小賢しい理屈通り
きれいに分離されているものだろうか。

年々老い、若さと力を失い、疲れやすくなり、意欲が減り、
意識は薄れ、苦しく辛く耐えがたい痛み、そして・・・

これでは、まるで
生きながら少しずつ死んでいるようなものではなかろうか。

「無」そのものと同様、「死」そのものを感じることはできぬとしても 
その影の冷たさ厭わしさは 

「私=生」の減少または衰退、あるいは 
虫食いの病葉の如きものとして実感せらるるはずである。

ゆえに、死後ならともかく、完全に死ぬ直前まで 
「私=生」は「死」と無関係である、とは決して言えまい。

物事は単純に割り切れない。
残念ながら。


Consideration of "Death"


"Death has nothing to do with me,
because I am not dead while I am, I will not exist if I die."

As the old wise man said to the way he understood,
is it really true?
Does "death" and "me = life" are separated cleanly according
to such a wise theory reason?

Years old, lost youth and power, become tired easily,
less willingness, less consciousness, painful,
painful and painful unbearable, and ...

It seems like it is dead a little while living?

As with "nothing" itself,
even though you can not feel "death" itself,
the coldness and disdain for that shadow should be realized
as a decrease or decline of "me = life",
or as a leaf of wormwood is there.

Therefore, even after death,
it is never said that "me = life" is irrelevant to "death"
until just before it dies completely.

Things are simply not divisible.
Unfortunately.


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コメント2件

以前 死後の世界とか流行りましたけど、今 此処が 死後の世界なのかな〜と 思ってみたり。
yayaさんへ★ 生死にかかわらず、直面している世界がこの世だね。
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