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殺人未遂ー妻の首をネクタイで絞めた後、自らの首を切りつけた夫

 被告は70代後半の男性。
 非拘束で、手錠も腰縄もつけていない。体格はそれほど衰えているように見えないが、杖をついている。髪は上半分が白く、眉毛も白い。
 彼にかけられた容疑は「殺人未遂」である。
 妻の首をネクタイで絞めて殺しかけた後に、自らの首を包丁で切りつけたという。
 被告は罪状を全面的に認めている。「自己と妻の将来を悲観し、娘に介護をさせたくなかった」というのが動機である。

事件の詳しい経緯

 事件当時、被告は大阪府門真市の団地で妻子と暮らしていた。妻は被告と同じく70代後半で、50年ほど前に結婚した。一人娘は40代後半でパートタイマー。一家は年金と娘の収入で暮らしており、家族仲は良かった。


 被告は2013年に癌を患い、それ自体は手術して治ったものの体調が一気に悪化した。以来、足腰が悪くなり杖をついて生活するようになった。散歩ぐらいは出来るがかなりしんどく、ほとんど寝たきりの日もあった。家族の朝ごはんを被告が作る際、調理のために短時間立っているのも苦痛であったという。
 その頃から、被告は日々の辛いことなどを便箋に日記としてしたためるようになった。

 2015年、妻が認知症を発症し、日に日に悪化していった。妻は特に体に不自由はないが、ほとんど寝たきりでテレビばかり見る生活だった。
 認知症より前か後かは不明だが妻は宗教信仰をしており、被告や娘はあまり快く思っていなかったようだ。

 2018年5月、被告はケアマネージャーと面談した。

 2018年7月、被告は生活保護の相談をしに行った。

 どちらもあまり上手くはいかなかったらしい。被告は妻を殺害して自分も死ぬことを決意し、便箋に遺書を書いた。遺書の内容は、以下の通りである。
(本文中にある娘の名前はAとする)

「もうお父さん生きていくのは無理だと思う。ボケ老人の面倒見てくれてありがとう。身勝手な父でごめん。
 母さんも毎日痛いと言っている。他人さまに迷惑かけてまで生きていたくない。体中、目、歯が痛い。長い間立っていられない。母さんは何を言っているかわからない。許してくれ。
 Aも病人なのにありがとうね。母さんは神様に洗脳されてしまっている。可哀想なので父さんと一緒に連れて行く。連れ立って旅立ったほうが幸せ。落ちぶれたら面子が立たん。
 身勝手、迷惑かも知れんが許してくれ。(自分の死体は)火葬してゴミ処理して、母さんは学会で葬式してあげて。
 ボケてしまったら惨め。一人になっても頑張って、元気で。Aさんごめんね。
 体中いたるところ痛い。二人はもう老人やし、無理に生きなくても。Aさん、間食、タバコは止めた方がいい」

事件当日、2018年8月6日。

 その日、妻はいつものように座ってテレビを見ていた。
被告「もう終わりにしようか」
妻「何を言うてんのよ」
 被告は自分のネクタイで妻の首を絞めた。

「お父さん なにするの やめて」
 妻は力弱く抵抗するも、やがて動きが止まった。妻が死んだのだと思った被告は、ベランダに出て包丁で自分の首を切りつけ、意識不明になった。

 しばらくして、意識を失っていただけの妻が目覚めた。妻は被告が倒れていることに気づき、慌てて助けを呼びに行こうとした。しかし、パニックのためか認知症のためか、妻は玄関の鍵の開け方がわからなかった。
 妻がベランダに出て大声で助けを呼ぶと、通りすがりの人が電話で通報をしてくれた。
 妻はどうやって玄関を開けたのか覚えていないが、気づけば外にいて通行人と共に救急車を待っていた。

 二人とも、命に別状はなかった。妻は一日だけ入院し、全治二週間の負傷だと診断された。妻の首には絞めた痕が残り、眼球鬱血により目の白目部分に赤い点々ができた。また、しばらく耳からの出血が止まらなかった。

 妻は自分の症状が被告によるものだと覚えておらず、警察に聞かされて知った。
 妻は以下のように発言したという。
「まさかお父さんがそんなことをするとは思えない。本当にショックです。お父さんのことを怖いと思います」
「お父さんがいないとさみしい。家に帰ってほしい。お父さんに罰を与えてほしいとは思わない。ただ、私にもうこんなことをしてほしくない」

判決

 懲役2年6ヶ月執行猶予4年。
 つまりは、今後4年間なんの罪も犯さなければ服役をしなくてもよい、ということ。
 検察側は、「犯行に走る前に周囲に相談すればよかった」と述べたが、裁判長は「被告には他者を頼る知識や体力がなかった」として、追い詰められ無理心中しようとした被告に同情的であった。
 また、絞殺を選んだのは妻の体に傷をつけたくないため刃物を使えなかったという点も考慮された。
 被告は判決までに既に釈放されており、妻子と問題なく暮らせていた。
娘は「3人で暮らしたい」「被害者と生きることが償い」であると語っており、子の支えのもと、再犯の恐れがないことも認められたようである。

感想

 まだあまり傍聴に慣れていない時期に見た。座っていた私の隣をスーッと通って行った高齢男性が、殺人未遂で捕まった被告であるというのに驚いた。
 事前に知っていた情報は「殺人未遂の裁判である」ということだけだったので、なんというかオラついた若者がカッとなって起こした事件……みたいなものを想像しながら入室していた。実際には老老介護について考えさせられるものだった。
 判決では、妻子らしき女性二人が弁護側の傍に座っていた。妻は認知症とのことだが見た目はごく健康そうで可愛らしい人だった。被告も杖をついてはいても、血色のよい顔であったし、認知症や足腰の痛みなどがどれだけ深刻でも、見た目からはそうは思ってもらえず生活保護が通らなかったのもうなずける。
 事件を起こすほどに追い詰められているとわかった後では、生活保護は受けられるようになるのだろうか?
 高齢夫妻でも、働き盛りの子供と同居なら生活保護は受けにくいそうだが、被告の供述文によれば娘も何らかの病気を抱えているそうだ。判決にいた娘らしき人は見た限りでは健康的なように思えた。一家は三人とも、外見からはわかりにくい困難を抱えており、そのことを理解されないが故の事件なのかもしれない。
 この事件を調べたところ、ニュース記事で取り上げられていた。老老介護の問題はこの一家だけの問題ではなく、社会問題となっている。同様の事件は他にもたくさんあるだろうし、これからも起きていくのだろうと思うと暗澹とした気分になる。
 被告は裁判中に、時々泣いていた。この先は一家が穏やかに暮らせればいいなと思う。

こんな動画をつくっていました。

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