視千(しせん)

「さぁ 早く!」

掴まれた右手の掌に 広がるのは 見知らぬ男性の温もり。

「あなたは?」

「お主のことを ずっと 見ていた。 あの者達のやりかたは どうも解せぬ。」

祈祷台から 連れ出された巫女『明日南』は 何故か この温もりを 感じざるには いられなかった。

強い意志を感じた。

この身を委ねても いいほどに。

「罪人じゃあ! 後を追え~!」

「巫女が 姿を消したとあらば 城主に 顔向けが出来ん!」

明日南の祈祷を 見ていた 城主の家来達が こぞって 二人の後を追いかけた。

「お名前を…」

「佐之助! 今は 逃げるぞ!」

佐之助は 聞いてしまったのだ。

「あの明日南という巫女の『役割』も とうとう 終わる。 城主からも 用事が 済んだのならば 好きにするよう 聞き伝っておる。…フフフ。」

このようにして 以前から 違和感を覚えていた 城主のやりかたの正体を 知ってしまったのだ。

「追い付かれちまう… 」

明日南もまた 知っていた。

今日が『最後の祈祷』に なることを。

諦めていたのだ。

用が済めば 棄てられることを。

でも そんな折 佐之助に 出会い 抜け出す機会を得た。

巫女でありながら 明日南は 神を信じざるをえなかった。

「こんな使い方は しとうございませんでしたが…!」

佐之助と明日南の 足が止まる。

「お主…」

「はぁっ!」

明日南は 追っ手に対して 両手を捧げた。

「な…なんだ…これは…!」

追っ手の様子が 明らかに可笑しい。

その足は止まり 宙を見上げながら 苦しみに悶え始めた。

「ぐぅあ~!」

声にならない声が 辺りを包み込み 渋滞を起こした 軍勢は 立ち往生した。

「なにを…?」

佐之助の震える声が 痛かった。

「あの者達が いままで 殺めてきた者達の 残響を見せました。」

「それで あのように…」

「さぁ! 効果が薄れる前に はよう!」

「うむ。」

二人は 山林地帯を 倒れるまで 走った。

途中にあった 渓流に 腰をおろす。

「しかし…思い付きで こんなことを…」

「あなたがいなければ 私は どうなっていたことか…」

「何故 私を…?」

「失いたくなかったのじゃ!」

疲れた眼差しで 明日南を捉えて 水のせせらぎは 一瞬にして 失われる。

「え?」

言葉の意味を 理解しきれず 思わず 疑問が 漏れでた。

「そなたが 今まで あっし達にしてきてくれたことは 知っているつもりじゃ。 時には 苦渋の選択を 迫られただろう。 それでも 挫けず 生き延びてきた そなたを 失いたこうなかった!」

明日南は 初めて『人』として 扱われる意味を感じていた。

今までは『巫女』としてしか 誰も見てはくれなかったから。

「ほれ。」

差し出された水は これまでの明日南の『殺してきた心』にさえ 染み渡った。

「そこまでしてくれるのは 何故なのですか?」

「ワケはわからん。 しかし こうしておらねば 後悔したことだけは 分かる。」

「そうですか…」

「食わんか?」

そこにあったのは 1つの『握り飯』。

「これは あなたのでは?」

「お主が生きておらねば 連れて 逃げてきた あっしの気持ちは どうなる?」

「ありがとう…ございます。」

「それでええ。」

追っ手は 二人を 完全に見失ったようだ。

馬の蹄の音さえ 聞こえることは なかった。

「この先に 暖をとれる場所がある。 そこを 目指すぞ。」

「はい。」

行き交う蝶が 二人の道筋を 燐粉で 満たし 耀かせた。

明日南は 佐之助の首筋に光る 汗に 気を盗られた。

「いたっ!」

「平気か?…足下には 気をつけろと いったじゃろう?」

しゃがみこんでしまった 明日南を見て 佐之助は 呆れた表情をした。

「動かず ここで 待っておれ。 薬草を 探してこよう。」

「迷惑を。」

「初めより 予期しておったことよ。 気にするでない 巫女様。」

「あの…名は 明日南と 申します。」

挫いてしまった 恥ずかしさと 佐之助の優しさへの 恥ずかしさから 頬が紅潮していた。

「…明日南様 ちょいと お待ちを。」

「明日南…と お呼びください。」

「…明日南 待ってな。」

「はい。」

佐之助は 手早く 薬草を摘むと すり潰して 明日南の患部に塗り込み 絞った手拭いで 縛り上げた。

「これで 平気だな?」

「大丈夫…です。」

「あっしは 堅苦しいのは 好きじゃあ ありやせん。 どうか 崩しちゃあ くれやせんかい?」

「わ…わかった。 ありがとう 佐之助。」

佐之助は この時 不覚にも 明日南を 愛しいと 思ってしまった。

ついつい『視線』が 絡み付いてしまう。

「どうかした?」

「いやっ…」

二人は 山小屋に 着いた。

「座ってな。」

「うん。」

薪をくべる佐之助を じっと 見つめていた。

明日南には 1つの確信があった。

(この人も 縛られてきたんだ 色々なモノや人に。)

明日南には その人の『痛み』や『喜び』が 感覚的に『視えて』しまう。

もう 気付いていた。

明日南の心と 佐之助の心に 互いが在ることを。

「こっちきて 暖まりな。」

「ありがとう 佐之助。」

「どうってこたぁ ねぇよ。」

素直じゃない。

「佐之助…私を 解放して…」

「え?」

この身を 任せるのは 佐之助でいいと 明日南は 決めた。

「燃やし尽くして…」

突然の好意に たじろぐ 佐之助。

「私達はもう 愛し合ってることが『視えてる』から。」

巫女服の白い紐に 佐之助の指が這う。

「いいんだな?」

「あなたがいい。」

1つ1つ 結び目が ほどかれるほどに 明日南の心は『解放』されていく。

1つ1つ 結び目が ほどかれるほどに 佐之助の心は『解除』されていく。

二人の『視線』と『吐息』が 交わる。

昇り始めた陽の光が 二人の影を 演出していく。

「燃やし尽くして 私の中の『巫女』を。」

「わかった。」

「私の『明日南』ごと 噛み砕いて…」

「あぁ…」

二人の唇が 重なる。

燃え尽きた二人の影に注ぐ『太陽』は 燃え尽きたはずの 二人の心に また 火を灯した。

そして この山林地帯は 二人だけを 導くように 朝を 迎える。

二人の旅路は『陽の光』が ある限り続いていくのだろう。

カラカラに揚がりきった その花に名前をつけるとするならば 何と 名付けよう。

南に向かう 二人の背を 数千の蝶達の『視千』が 見送っていたのだった。

※この作品は『Feryquitous』様の『揚花』という楽曲を 題材にしております。

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