Cat on the moon(キャット オン ザ ムーン)

私のもう1つの 秘密のお仕事。

それは 誰にも 知られてはいけない。

「今日も 頼んだよ。」

可愛い服装をした おばあちゃんが 微笑みながら 念を押した。

「わかりましたぁ。」

「あらあら…散歩したいのかい 子猫ちゃん?」

おばあちゃんが 部屋を世話しなく動き回る 子猫を撫でながら 呟いた。

満月の夜だった。

「一緒にいく?」

そう告げると トコトコと 可愛げに 歩を進めて ついてきた。

「おいで。」

なんてことはない見た目の『箒』。

でも この『箒』には 仕掛けがある。

「よいしょ。」

私は その『箒』に 跨がって 子猫の到着を待った。

慣れたものだ。

『ひょい』と飛び乗ると 私の腰に寄り掛かって バランスをとる。

「いくよ…!」

私は お届け物をぶら下げて 今夜のお届け先に 向かって 地を蹴った。

急上昇を始めた『箒』のスピードとバランスをコントロールする。

灯りの少なくなった 夜の街の上空を 滑走する。

普段は 見ることの出来ない 上からの景色に 傾倒する。

「綺麗だねぇ…モエちゃん。」

『ミャー』という 喜びの鳴き声が 私の頭にだけ 届く。

君と この景色を 何度 見てきたんだろうね。

そんなことを 思考しながら 目的地を 定めた。

地上よりも 冷えた空気を 胸いっぱいに吸い込んでは 吐き出す。

月明かりに照らされた 建物の影が 踊っていた。

私と子猫ちゃんを 導くように。

流れていく時間を 追い越すような スピードで 目的地に着いた。

「ちょっと 待っててね…モエちゃん。」

彼女は 私の問い掛けに 優しく 鳴いて 応えると 体を丸めて『箒』の上で 寛いで 目を閉じた。

「おねんねしててもいいよ。」

『ミャウ…』という 眠たげな声を 耳に残しながら 私は ポストを見つけた。

「ここだ…」

私は『筆』を取り出して『いつもの決まり文句』を 書き記した。

『このお届け物は あなたが 1番に 思い浮かぶ人からの モノです。 そして この手紙は あなたが 1度 読んだら 消えてしまいます。 なので しっかり 焼き付けてください。 後悔の無いように。』

これが 私の秘密のお仕事。

『魔法の箒』と『魔法の筆』を使った『Magical delivery』。

こんな不思議なお仕事に出会ったのは もう だいぶ前の冬。

誰も 信じなかったのだろうし 目に入らなかったのだろう。

『魔法で あなたに 届けたいモノがある。』

あまりに胡散臭い 誘い文句だったが 私には キラキラしてみえた。

毎日 同じルーティーンの繰り返しの日々。

面白みに欠けた この人生を 変えたいと どこかで願いながら 動けずにいた。

そんな時に 差した 一筋の光。

私は 迷わず 書いてある住所に 飛んでいったのを 覚えている。

「あの…広告を見て…」

慌ただしく ノックをせずに 入ってしまったにしても 足りないくらいに おばあちゃんは 驚愕していた。

そして 私の姿を見るや否や その顔は 温もりに包まれた。

「やっと来たかい…待ちくたびれたよ…」

おばあちゃんが 歩く為に使うであろう『杖』を こちらに軽く向けると 目の前のテーブルに ティーカップに注がれた 紅茶が 出現した。

「え…?」

すぐには 受け入れられなくて ドキマギしてしまう。

それを『無理もない』と 微笑みながら 眺めている おばあちゃん。

「とりあえず 飲んでからだよ…話は。」

「い…いただきます…」

初めての感覚だった。

口に含んで 喉を通ったと 思ったら そのまま『すぅ~』といなくなるのだ。

だから『飲んでいる』というよりは『摂取している』感覚に近かった。

「なんで 飲んでるのに お腹が一杯にならないんですか?」

「それは『魔法』だからだよ。 分かってて 来たんじゃないのかい?」

皮肉を込められながら 問われた。

「こんなの見せられたら…」

もう 返す言葉は 要らないと思った。

変わりたいと願っていた『私』にかけられた『魔法』。

それは おばあちゃんが かけてくれた『魔法』が 私に『魔法』をかけたのだから。

『魔法』に気を取られて 足元で 丸まっている 子猫に気づけなかった。

「その子が 気に入った子だ。 明日から 飛んでもらうよ。」

「え?…飛ぶ?」

「高い所は 苦手かい?」

「い…いえ!…どこを?」

「あんたが いつも歩いてる場所の 上に決まってるじゃないか。」

その日も 確か 満月の綺麗な夜だった。

それから 私は『魔法使い』になった。

この『箒』と『筆』を携えて。

この 秘密のお仕事を始めて 痛感していること。

それは 変わりたい『願い』には『代わり』なんてないということ。

誰にも 話せないのは 話す必要がないからなのだと思う。

「帰りました。」

「二人とも よくやってくれたね。 三人で お茶にするよ。」

ティーカップに注がれているのは『いつもの紅茶』。

何も 喋らなくても ティーカップを 持ち上げて 口に運んで 元の場所に 戻す。

鳴っているのは 置く時の『カタッ』という 軽い音だけで。

そして この時間が 私の 1番 大好きな時間。

また明日も あなたの街の空に『私』という『筆』で『箒』に乗って 軌跡を描きに伺います。

それでは。

見上げた景色と 手を振り合って 夜は更けていく。

※この作品は 『koneko様』から 頂いたテーマを基に 創られております。

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