Fireworks(ファイヤーワークス)

この長蛇の列は 何を求めているのか?

答えは明確だ。

本日19時開幕の花火を見たくて 人々は集まる。

廉と香澄は その列に迷う事なく 肩を並べる。

「昨日の あのネタ面白かったよね!」

笑いをその顔に浮かべた 香澄が 廉に語りかける。

「ホントにな! あのオチはないわぁ。」

廉と香澄が付き合って 初めての夏。

小さなものから 大きなものまで 沢山の思い出達が 二人の胸を過る。

あれは 6月に入ったばかりの 嵐の夜。

傘を忘れた廉は 職場を出ると 頭を抱えていた。

「あ~あ…こりゃ 帰れないな。」

半ば諦めて オフィスに戻ろうと考えていた矢先だった。

「よかったら 使います?」

同じビルのOLさんだろうか?

これから帰るのだろう。

廉に傘を差し出してきた。

「いや 悪いですよ。 お姉さんの分 どうするんですか?」

「…これが あるので いけます!」

そう言って お洒落なバッグから 折り畳み式の傘をチラッと見せてきた。

「この嵐じゃ その大きさじゃ 濡れちゃうでしょうよ。」

廉の冷静なツッコミに 嬉しそうに微笑む お姉さん。

「それ 借りる側が言う台詞じゃないから!」

ツッコミ返されてしまった。

廉は 何かしっくりくるものがあって 自然と笑顔になっていた。

(明るくて 楽しい人だなぁ。)

そんな印象を抱いた。

一方の彼女は『どうするの? どっち どっち?』と楽しそうに 廉の返答を待っている雰囲気だった。

この時 香澄も居心地の良さを感じていたらしい。

たまに 二人で 思い出しては 楽しんでいる。

そう。

これが 廉と香澄の出会い。

かれこれ 2ヶ月が経とうとしている。

濃密な月日だと お互いが感じていた。

そんな日に 訪れた『花火大会』という夏の集大成。

このイベントを 二人で楽しむ以外の選択肢を 二人は知らなかった。

「ていうか 座るとこあるかな?」

小さな不安を 口にする 香澄。

「香澄と見られれば どこでもいいでしょ?」

本心を惜しげも無く 伝えた。

すると 香澄は恥ずかしそうに 頬を赤らめた。

「ホントに そういうこと サラッと言うよね 廉は。」

嬉しいような 嫉妬しているような 複雑な表情をした 香澄。

人として 魅力的なのはいいのだが 彼女である自分からすると ちょっぴり 寂しい気持ちがあるのは確かだ。

どんな時でも 変わらない 廉を好きになった。

そして そんな自分を愛せばいいと 教えてくれたのも また廉だった。

「もう限界!」

痺れを切らした 香澄が モジモジしている。

「並んどくから とっておき 頼むよ。」

並ぶのを 廉に任せた香澄は 屋台が集まる縁日エリアに突入を決めた。

「…迷う。」

お好み焼きのソースの香り。

焼きそばの炒められる ジュージュー音。

甘い匂いで 誘う ベビーカステラ。

その切れ間ではしゃぐ 子供達の喧騒。

そこにある それぞれの笑顔が 香澄をお出迎えしていた。

廉が 喜んでくれる逸品を 探すプチトラベルは 続いていく。

「お姉ちゃん! うちのトウモロコシ 美味しいよ? 一本 どうだい?」

「…ください!」

千円札 一枚と交換した。

「ありがとな 姉ちゃん! 来年も待ってるよ!」

来年。

廉と 来年の夏も此処に来たい。

もっと お互いを知って 言葉に出さなくても 好みが分かるように。

結局 途中で『可愛いねぇ!』と呼び止められて いい気分になって 思わず 買ってしまった フランクフルトとトウモロコシを両手に抱えて 帰還した。

「おぉ! 旨そうなの 買ってくるじゃん! さすが 香澄!」

やっぱり 廉でよかった。

今までの元カレ達は 気に食わないと すぐに表情に出すだけじゃなく なんだったら 口にすることもない人もいた。

普段 ビジネス良い人を 演じてしまいがちな香澄は こんな どんな時でも 飾らず 驕らない 廉の態度を好きになったのだと 再確認する。

「廉って 昔から そんな感じ?」

「ん? なにが?」

「性格的に 昔から そんな感じなの?」

廉は 一瞬だけ 影を落とした顔をしたが すぐに いつもの様子に戻った。

「そうだな…香澄には まだ 言ってなかったんだけど 家 母親と二人で住んでるのは 知ってるよな。」

「初めてのデートの時 聞いたね。」

ー2ヶ月前ー

「ごめん! 香澄ちゃん! 誘っといて 遅れちゃって!」

「遅れたっていっても 30分くらいだし 全然だよ?」

「え? そう? 気にしてないなら 有難いけど。」

この時 香澄は 廉と出会う前の彼氏 勇治の事を 思い出していた。

「…来ないなぁ。」

その日は 遊園地に行く約束をしていた。

それなのに 約束の時間になっても 勇治は現れるどころか 連絡すら 無視している状態だった。

「帰ろうかなぁ…」

呆れて 帰ろうとしていた香澄の携帯端末の 画面に 通知を告げる アイコンが光っていた。

『わりぃ 香澄。 今 起きた笑』

『そんなことだろうと思った。 どうするの?』

『ぶっちゃけ ダルくない?笑』

香澄は この一言で 別れを決めた。

誰の為に 早起きして メイクして ヘアーセットしたと思っているのだろう。

しかも 一度や二度じゃない。

我慢の限界だった。

このメッセージのやりとりを 最後に 勇治からの連絡は遮断して メモリーから 消去した。

「香澄ちゃん…どうかしたの?」

「…え? いや なんでもないよ!」

廉に察されるのが嫌で ついつい 声が裏返ってしまった。

「そう? ならいいけど。」

廉は 遅刻したことを 怒られるんじゃないかと ドキドキして 暖簾を潜るかどうかを 悩んだが 飛び込んでよかった。

過去の『痛み』を思い出してしまう 自分がいる。

二人は 緊張はしながらも 穏やかなデートを 楽しんだ。

ー現在ー

「実はさ…母さんと 別れた 俺の父さんは DVの常習犯でさ…気に食わないことがあったり 何かが出来ないと 母さんと俺に 容赦なく 手をあげた。」

知らなかったこととはいえ 不味いことを聞いてしまったと 香澄は 後悔していた。

「別れた後の母さんの荒れようを知っているからこそ 俺は 強く優しくならなきゃないと 誓った。」

「そんな理由があったんだね…」

「いずれは 話さなきゃいけないことだとは 分かってたんだけど やっぱり 言いづらいじゃん こういうことって?」

香澄は 黙って 廉の言葉を待った。

「でも…今 話せてよかった! 黙って 真剣に聞いてくれる香澄が もっと 好きになった。」

香澄は 泣いていた。

列の手前 アタフタしだした 廉を尻目に 香澄は 流せる総ての涙を 溢した。

初めは オロオロしていた 廉だったが 途中から 諦めるように 両腕で 香澄の頭を包み込んだ。

「こんなに正直に 自分の事を話してくれる人は 今まで居なかったから 嬉しくて。」

涙とともに 明かされた 香澄の本音に 今度は 廉が泣きそうになった。

しかし どっちも泣いてしまったら 慰め役が 誰もいなくなってしまう。

廉は 香澄が泣き止むまで 息を抑えて ひたすらに抱き締め続けた。

近くにいた 女の子が 泣き終わった香澄に近づいてきた。

「お姉ちゃん。 可愛いんだから 笑って!」

その純粋無垢な笑顔に釣られて 二人は笑顔を向け合った。

「ありがとう。」

香澄は 女の子の頭をナデナデする。

(あんな 優しい子供だったら 欲しいなぁ…)

香澄は そんなことを 思っていた。

(香澄と このまま結婚したら あんな優しい子供が産まれるんだろうなぁ…)

廉は そうなりたいと 考えていた。

『花火会場の開放時刻になりました。 押さず慌てないで お進みください。』

場内アナウンスが 花火へのカウントダウンを 開始した。

「涙の後は 花火だな!」

「そうだね。」

開放された 海浜公園の海風が 二人を包んだ。

生温い 真と割りつく風も 今なら 心地よかった。

「あそこの 木の下 良さそうじゃない?」

廉の提案を 拒否するワケはなかった。

二人で 花壇の縁に座って フランクフルトとトウモロコシを食べ始める。

「冷めても 美味しいって 狡いよな。」

「ほんと。 私達は 冷めないかな?」

「覚めない夢みたいにってか?」

こんな くだらない会話なら 覚めないで欲しいと 香澄は思った。

『みなさま! 大変 お待たせ致しました! 海浜公園主催 夏の納涼祭 花火の部を 開始致します!』

沸き上がる歓声。

只でさえ 暑い気温が 上昇していくのを 肌で感じる。

『ヒュ~…バーン!!』

次々に打ち上がる色とりどりの花火達が 鼓膜と心を揺らす。

プログラム後半。

今までで1番 大きな花火が上がった。

「これは 見に来て 正解だわぁ…」

「本当に キレイ…」

廉が 香澄を見る。

香澄が 廉を見る。

暗く 誰も見ていない 2つの影が 近づいていく。

同時に お互いの柔らかな唇の感覚に 酔いしれる。

それは 終了のアナウンスが流れるまで 続いた。

『本日は ご来場頂き 真にありがとうございました! 来年も この場所で 皆様に 会えることを 願っております! 本日は ありがとうございました!』

重ね重ねの挨拶が流れると 人の群れは 出入口に歩を進めた。

「お姉ちゃん達 さっき チューしてたでしょ?」

どうやら さっきの女の子に 濃厚なアダルトシーンを目撃されてしまったようだ。

『好きだからね。』

廉と香澄の言葉が 重なった。

「ラブラブだね!」

そう言うと 両親に呼ばれたらしい女の子は 元気に駆け出した。

「不味かったかな…?」

「これくらいが 丁度いいでしょ?」

手を繋いだ二人も 出入口を目指す。

来年も この『出入口』を二人で 通過したいと 願う。

そんな二人を見送った 海浜公園は また会えると 願っている。

更に 深く羨ましい あの二人に 会う為に。

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