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『時計じかけのオレンジ』―未だ見ぬ映画

 恥ずかしながら、『時計じかけのオレンジ』を未見でした。

 「暴力を促されたような錯覚に陥る」「倫理観が崩壊するドラッギーな映画」みたいな前評判を聞いていて、観る覚悟を決めるのに時間を要していましたが、、、

 最高でした。体感時間は30分。もっと早く、観ておけばよかった。

 この映画の三大要素は、セックス、暴力、芸術。インアウト、アルトラバイオレンス、ルートヴィヒ・ヴァン。性欲、残酷、陶酔。これらで出来てる映画みんな大好きじゃないですか!ホドロフスキーとか!まあでも祝祭感はなくて、あくまでシニカルなサタイア、クールな視線を保っているあたりがほんとかっこいいな、と。
 また主人公のアレックスが魅力的で!いたずらっ子のような表情に思わず「もっとやれ!」と拍手喝采を送りたくなる、それはラストの紳士淑女のように。原作のより残酷で不快な描写はカットされているらしく、キューブリックは意図的にアレックスを漂白したようです。
 原作と言えば、英国で出版された原作小説は最終章で「アレックスが妻子をつくり、若気の至りに思い馳せて終わる」みたいな安穏とした着地を見せます。このラストを知った時には、「そっちの方がいいじゃん!若さの爆発について普遍的な語りじゃん!」と思ったのですが、それは問題の矮小化であって、米国で出版された小説版と同じように、アレックスが暴力性を取り戻して終わるほうが、この映画をもっと魅力的に、よりコントラバーシャルにしている、と考えられます。
 まあ無いものねだりですが、人間の自由意志についての議論は踏み込みが甘いかな。善を選択することこそが人間的であるという、道徳の問題は、刑務所の牧師の「チョイスの演説」とか、被害者の作家のセリフなど映画の端々に出てきますが、たとえばアレックスがルドヴィコ療法を克服する瞬間に、自由意志を取り戻す瞬間を重ねる、とか、なにか上手い方法はなかったのでしょうか。うーん難しい。

 個人的には、ファッションだけにしか興味のない、アレックスのような若者を、同世代の人間からして羨ましくも思います。同級生にもいますよ、刹那的な生き方してるやつ。モテとか愛され、もっと言えばセックスにしか興味のないようなやつ。見た目にばっかりお金かける頭からっぽなやつ。そんな人種に煮詰めたルサンチマンを抱きながら、「待ってろ30になったら俺の方がすげーから」と思いながら生きる日々です。鬱屈ですね。
 まあでも人間は有限じゃないですか。生きてるうちに地球のすべてを知ったり、宇宙の真理を知ったりできるわけではないので、だったらはじめから諦めて、いまここの、私だけのコミュニティを中心に生きていった方が楽しいかな、とも思いますけどね。私以外にも人間たくさんいるし、そういう人類に貢献できることは他がやってくれるはずなんですよ、きっと。

 関係ない話でしたが、『時計じかけのオレンジ』は若者を生きることにも示唆を与える、重要な、なにより楽しい作品でした。別に『時計じかけのオレンジ』観て本能剥き出しに生きよう!とはなりませんでした!当たり前ですが!!

 この夏は恥を捨てて、未だ観ていない名作、傑作映画を赤裸々に語っていきたいと思います。「映画史において重要な作品なのは知ってるけど実はまだ観てなくて、でも観てますみたいな体で生きてる」なんてこと誰しもありますよね。そんな普遍性を信じながら、この「未だ見ぬ映画」シリーズをはじめました。

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そよ風ヨーグルト

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