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ほうとう

先日、とあるツアーに参加して山梨県芦川(あしがわ)町を訪れた。
芦川町は富士五湖と甲府盆地の間の山あいにある人口300人ほどの小さな村だ。
村の中にある、ほうとうづくり体験の施設で、ほうとうを手打ちした。

ほうとうは山梨県の郷土料理だ。
小麦粉でできた麺をさまざまな野菜とともに煮込んでいただく。

作り方は、まず小麦粉に少しずつ水を加え、ひたすら練っていく。

粘り気が出て、小麦の玉がなくなるまでこね、楕円形を作る。
そこから巨大な伸ばし棒を使ってピザ生地よりも大きく伸ばしていく。

伸ばした生地を何重にも折り、そば打ちと同じように切っていく。
麺の太さは、うどんの2~3倍ほど。
麺をすするというより、噛み切る感覚に近くなる。

練るときに塩を使わない(つまり、純粋に小麦粉と水だけ)ので、麺を湯がいて塩抜きする必要がなく、生麺のまま煮込むのがほうとうの特徴だ。
そのため、ほうとうの汁には独特のとろみがつく。
一緒に煮込む野菜は芦川町で採れたものばかり。

ごぼう、にんじん、ネギ、油揚げ、何種類かのきのこ。
中でも、香茸(こうだけ)と呼ばれる香り高いきのこは、地元でしか採ることができず、一般に流通しない。
味付けのベースになる味噌は、甲州味噌と呼ばれる米麹と麦麹をミックスした味噌が主流だ。

ほうとうには地域によってバリエーションがある。
麺ではなく、すいとんのように練ったものや、信州味噌を使ったもの。入れる野菜も地場によって異なり、各家庭の味がある。
それでも不可欠なのはやはり、かぼちゃだ。

「うまいもんだよ、かぼちゃのほうとう」

山梨生まれの私の祖母もよくそう言って、ほうとうを作っていた。
麺は県内で市販されているものを使っていたが、かぼちゃは欠かさなかった。
出汁は煮干しでとるが、出し殻を捨てず、そのまま食べることもある。
昔のほうとうには肉が使われなかったため、出し殻でも立派な栄養価だったのだろう。

現在、山梨県内では観光客用にほうとうを出す店があるが、その中には一人用の小鍋で出す店もある。
しかし、ほうとうは一人鍋よりも断然大鍋の方が美味い。
なぜかは分からないが、より多くの具材から出る成分が味を豊かにするのかもしれない。

通な食べ方は、一晩以上寝かせたほうとうを食べることだ。
煮込みすぎたほうとうは、かぼちゃや野菜が崩れて汁に溶け込み、色が黄色くなる。
麺は完全に水分を吸い切り、汁気が無くなる。
麺料理というより、煮物に近い。
見た目はべちゃべちゃでお世辞にもきれいとは言いがたいが、たくさんの野菜が溶けた味は格別だ。
麺が太いおかげで、汁を吸い切っても決して不味くならない。

もともと、豊かではなかった時代に、その土地で採れるものだけで工夫して作ったのがほうとうの始まりだ。
それが今では、自然豊かな土地の新鮮な野菜をふんだんに使い、食の豊さを感じる贅沢なものになっている。
高級でもなく、インスタ映えもしないが、田舎の豊かな味を一緒くたに味わえる、それがほうとうなのだ。

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