ぼくには、社会人1年目がない。

ぼくには社会人1年目がない。

noteで”社会人1年目の私へ”のコンテストがはじまったのを知ったとき、そう思った。

インテリアの仕事につきたいと思い、大学を出た後就職せずに夜間の専門学校へ。昼間はフリーのコーディネーターさんのもとでバイトをさせてもらったり、販売員のバイトをしたりしながら過ごしていた。

世間では、みんな社会人1年生としてそれぞれの道を踏み出す中、ぼくはアルバイトをしながら夢に向かってのんびりと勉強をして過ごしていたのだ。

専門学校へは2年間通ったため、ぼくの社会人1年目は友人よりも2年遅れでやってきた。

もう新卒ではなかったため、中途採用で入社した大手の家具メーカー。
ぼくはコントラクト部配属になった。コントラクト家具とは大量生産される特別注文家具のことで、学校施設、レストランなどの飲食店、公共施設などに幅広く使われている。

この会社の中でも、様々な伝説を持ち恐れられている部長のもとで働くことになった。伝説は、その売上のすごさと、パワハラのひどさだ。

会社は彼の売り上げがあまりにも大きく、クビにすることができず、でも問題が多すぎるため新しく事業部をつくって隔離したのだという噂もあった。真相がどうなのかは、ぼくは知らない。

結局、ぼくは彼のパワハラに耐えることができなかった。
わずか1ヶ月ほどで退社したのだ。

その1ヶ月間ぼくは仕事らしい仕事はなにもしなかった。怒鳴られ、罵倒され、ただカタログを見させ続けられる日々。会社へはカタログを見るために行っていたようなものだった。

だから、唯一自分主動で受理された仕事が、退社届の提出だったのかもしれない。
人の精神はもろい。
たった1週間で、会社へ向かう電車で貧血をおこすようになった。2週間で会社の誰とも口をきかなくなった。3週間で他の部の先輩に退職の相談をするようになった。4週間目で、ひとしきり部長と言い合いになり、退社届けをつきつけ、それ以降連絡にも出なかった。

あの頃のぼくは、働くことに絶望していた。
子どもの頃に受けていたイジメの体験を思い出して、自分には何か大きな欠陥があるんじゃないかと怯えていた。この怯えは、実はつい最近まで引きずることになる。

この先の何十年を、どうやって過ごせばいいのかわからなくなっていた。
しばらく、家から一歩も出られない日が続いた。

だけど、大丈夫。
1ヶ月で会社を辞めたことは、人生においてなんの傷もぼくに負わせることにはならなかった。
むしろ、会社で働くことに見切りをつけるいいキッカケですらあったかもしれない。
そこでもっとがんばっていたら、って何度も思った。けど、いまはあそこでがんばらなくてよかったって心から思っている。むしろ、1ヶ月はがんばり過ぎだった。今なら1週間で辞めてる。

自分の人生には、もうまともな人生なんかないんじゃないかって思いながら内省を続けた日々は無駄じゃなかった。いまちゃんと独立して、なんとかやっていけてるのはあの日々に腹をくくったからだと思う。

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ぼくの社会人1年目は、1ヶ月で終わった。
何一ついいことはなかったけど、自分がのぞむ働き方についてははっきりとわかった。そしてそれは、あの頃よりもずっと選択肢が増えたいまでも同じだ。

社会人1年目のぼくへ。
どんなに辛くても、ちゃんと自分の道を切り開ける。だから、誰に遠慮することなくさっさと逃げてしまえばいいよ。


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今日も、見に来てくれてありがとうございました。
むかしを振り返るとわりと辛いことも多いのだけど、いまがとても幸せだというのはなんだか不思議な気もします。
ぜひ、明日もまた見に来て下さい。

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