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第9回 マコンドいちの無責任男

【『百年の孤独』を代わりに読む】 ※無料で最後まで読めます。

前回までのあらすじ:自由を求めて幾度も戦乱をくぐり抜けてきたアウレリャノ・ブエンディア大佐とマコンドの人たちだったが、二十年近くに及ぶ戦争ですっかり疲弊していた。

「戦いのむなしさを最初に意識したのは、ヘリネルド・マルケス大佐だった」。彼は「市長兼司令官として、…週に二回はアウレリャノ・ブエンディア大佐と電信で話し合った」。最初のうちは状況や決定は具体的だったし、「アウレリャノ・ブエンディア大佐には親近感を抱かせる何かが残ってい」た。「ところが戦争が激化し拡大するについて」彼からの電文は曖昧になり、「ヘリネルド・マルケス大佐は、あの世の見知らぬ男と交信しているような当惑を覚えながら…ただ黙って聞くことにした」(p.196)。いつしか「戦争との接触をまったく失ってしま」い、その代わりに午後になると彼が訪れるのがアマランタの裁縫室だった。ある日、彼は「心に秘めてきた深い愛を訴え」たが、アマランタは「わたしのことは、これっきり忘れてちょうだい」とまたしても本心とは裏腹に拒んでしまう。「人影のない表通りやアーモンドの葉にたまった雨水を眺めているうちに…深い孤独感に襲われた」ヘリネルド・マルケス大佐は「やるせない気持ちを送信機に託した」(p.199)。

アウレリャノ・マコンド・イマ・アメ

長い沈黙の後でアウレリャノからの非情な信号が電信機を打った。

バカ・イウナ・ヘリネルド・ハチガツ・アメ・アタリマエ

「ヘリネルド・マルケス大佐はその返事の突っかかるような調子に」困惑し、二ヶ月後に「アウレリャノ・ブエンディア大佐がマコンドに帰ってきたとき、困惑は驚きに変わった」。なにしろ、大変な暑さだというのに毛布にくるまって、護衛も連れずにこっそり帰ってき」(p.199)たからだった。アウレリャノにいったい何が起こったというのだろうか。

戦争が始まってからというもの、小説全体には常に重苦しい空気が漂っていた。ブエンディア家の多くの子供たちが命を落としていく中で、作者に愛されているのか、アウレリャノは決して死なず、生かされ続けている。そして、これを1ヶ月の間、前へは進まずに繰り返し読み続けている私は苦しくて、どうにかなってしまいそうだったのである。どれだけ繰り返し読もうとも、ヘリネルド・マルケス大佐は戦争のむなしさを感じるばかりだし、アウレリャノ・ブエンディア大佐は毛布にくるまってマコンドに帰還してくるのだ。

街を闊歩する源等

そんな折、たしか職場の忘年会だったが、酔っ払った私は気づけば同僚に熱く植木等主演の映画『ニッポン無責任男』(’62)、そして『ニッポン無責任野郎』(’62)を無責任に薦めていたのである。相手の好みも考えず薦めてしまった私は、酒が抜けると責任を感じてその映画を見直したのだった。

『ニッポン無責任時代』[3]のヒットを受けて製作された無責任シリーズ第2作の『ニッポン無責任野郎』[4]は、植木等演じる源等(みなもと・ひとし)が自由が丘駅の改札をすっと抜け、唄を歌いながら自由が丘の街を軽やかに闊歩していくシーンから始まる。そこでたまたま楽器会社・明音楽器で営業部長を務める長谷川(ハナ肇)にぶつかるところから、明音楽器の専務派と常務派の次期社長争いの物語が展開していくのだ。源等は派閥間の争いをうまく利用して会社に入り込み、会社の金で酒を飲み、結婚相手まで見つけてしまう。その場その場で機転を利かしてマッチポンプ的に問題を解決しては、事件を起こし、両者の争いを焚きつけていく。私はこの映画を見ながら、その適当ぶりに笑いが止まらなかった。その日から頭の中では何日間も止むことなくメインテーマ「無責任一代男」が流れ続けた。

ハナ肇とクレイジーキャッツ「無責任一代男」

そして、ある瞬間に私の頭の中で化学反応が起こった。これだ、植木等演じるところの源等の力を借りて、私は戦時下の『百年の孤独』を読み進めることができるのだ。突然、体がポカポカと暖かくなり、力が湧いてきた。よっしゃ、いっちょう無責任に読んでみようじゃありませんか!

大佐がマコンドに帰還した時、「不安に絶えず心を脅かされていることをしっていたのは、本人だけだった」。彼は「誰にも、ウルスラにさえ、三メートル以内に近づくことを許さなかった」(p.200)。いったい何があったというのか。

モンカダ将軍の銃殺後「自分が手にかけた故人の遺志を急いで果たすことにした」が、未亡人は「彼を家のなかへ招き入れようとはしなかった」。彼は「腹を立てた様子も見せなかったが…(誰かが)未亡人の家を略奪し焼き払ったことを知るまでは、心の波立ちをしずめることができなかった」(p.200)。また、「反乱軍のおもだった指揮官を集めた…会議がひらかれた」時のことだ。あらゆる連中がいる中で、部下たちの狂信的な支持を得ている「テオフィロ・バルガス将軍という謎めいた実力者がとくに目立っていた」。「やつに油断するな」とアウレリャノ・ブエンディア大佐が部下に警告すると、若いひとりの大尉が「簡単なことじゃありませんか、大佐。殺ってしまえばいいんです」(p.201)と進言した。「自分が思いつくのとほとんど同時に、それが持ちだされたことに驚」いたが、もちろん彼は命令を出さなかった。にもかかわらず、「テオフィロ・バルガス将軍は待伏せに遭って蛮刀でめった斬りにされ」た。その結果、「アウレリャノ・ブエンディア大佐が全軍の指揮を執ることになった」が、「それ以降、身うちを駆けめぐり、日中でさえ襲う悪寒のために十分な睡眠が取れない日が何ヶ月もつづい」た。「悪寒から逃れたい一心で、…暗殺を提案した若い将校を銃殺させ」(p.202)ることになったのだった。

彼は取り憑かれていた。とんでもないことが起こっていった。権力を手に入れてはいたが、「彼は進むべき道を見失いはじめていた」(p.202)。なんとか悪寒から逃れるため、「マコンドに…最後の隠れ家を求めた」。ある日、反乱軍を指揮する彼の元に、「重大な岐路に立っている戦いの今後を論ずるため」自由党の使節団が派遣されてきた。大佐は「椅子に腰かけ、毛布に身をくるんで、使節らの手短な提案を黙って聞いていた」(p.203)。相手が話し終わるのを待って、大佐は笑顔でこう言った。
「要するに、われわれの戦いの目的は…ただ、政権を獲得することにあるわけだ」
つまり、自由党の使節団は大きく3つの要求を掲げたが、それはとりもなおさず大佐たちが反乱軍の戦いを通じて長年求めてきたものをすべて撤回するに等しかったのである。もちろん、そこから容易に想像されるのは、そのような要求を突っぱねるという応対だが、「大佐は使節の差し出した書類を受け取って、署名のかまえを見せながら最後にこう言った」。
「話はわかった。そちらの条件をのもう」(p.204)

驚き反発したのはヘリネルド・マルケス大佐だった。
「これは、完全な裏切り行為だ」
ところが、アウレリャノ・ブエンディア大佐は聞く耳を持たず、彼を革命軍の軍法会議にかけた。「彼は反逆罪で告発され、死刑の宣告を受け」ることになった。アウレリャノ・ブエンディア大佐は「寛大な処置を求める声に耳を貸そうとしなかった」が、「ウルスラは誰も入れるなという命令を無視して、寝室の彼のもとを訪れた」。そしてこう言うのだ。
「でも、忘れないでおくれ。もしあの男が死ぬようなことがあったら、…この手でその首を絞めてやるからね」(p.205)

アウレリャノ・ブエンディア大佐も実際のところ深い悩みの底に沈んでいた。「彼が自分を幸福だと思ったのは、金の小魚の細工をしているうちに時間がどんどん過ぎていった、あの仕事場にいるときだけだった」。なんとかして「自分をかこむ孤独の殻を破ろう」(p.206)としていたが、どうすればいいのか、答えを見つけ出せずにいたのだ。

とそこへ、暗闇から何やら声がする。
「大佐、大佐! いいんですか、いいんですか、このままで?」
いったいこれは誰なのだろうか。

名を名乗る源等

「長谷川さん、長谷川さんって気安く言うな。君はいったい何者だ」とハナ肇が鼻息荒く言うと、
「これぁ、これはどうも。わたくし源等です。光源氏の源に一等、二等の等。まぁ、つまりわたしも長谷川さんも、大臣も、ルンペンも、人間すべて源は等しくエテコウだ。とこういうことじゃないですかね。てなわけで、よろしく!」と植木等は笑い飛ばすのだった。

一体全体、なんて適当で無責任な男なんだと思った。しかし、これで気持ちは吹っ切れたのだ。何を悩む必要があるのだ。「明け方近く、死刑執行も一時間後に迫ったころ」アウレリャノ・ブエンディア大佐は「足枷の部屋にあらわれた」。
「くだらん猿芝居はもう終わりだ…いまいましいこの戦争の片をつける手伝いをしてくれ」(p.206)

実際のところ彼は「戦争を始めるのは簡単だが、それを終わらせるのは容易でないということを知ら」(p.206)なかった。政府から有利な条件を引き出し、それを同志に納得させるのに二年を費やした。「将校たちが勝利の安売りに強く反発するので、…敵の力を借りて彼らを平定した」ほどだった。「今や自分自身の解放のために」彼は戦っていた。
「死ぬってことは簡単じゃないんだ」
と微笑みながら言ったアウレリャノ・ブエンディア大佐は「勝利よりもはるかに困難で、はるかに血なまぐさい高価な敗北を達成した」(p.207)。

二十年におよぶ戦争の間、アウレリャノ・ブエンディア大佐はたびたびわが家に帰ってはいたものの、家族のものたちからはまるで「赤の他人のような存在になっていた」(p.207)。最初のうちは彼にも誰が誰だかわからなかった。民衆から「非難を受け…追われるように帰り着いた」大佐は、「正規軍に頼んで屋敷の警備にあたらせなければならなかった」し、「熱と悪寒による震えが止まらず、またもや腋の下のリンパ腺が腫れ上がっていた」(p.208)。かつての仕事場にも興味を示さなかった。「毛布にくるまり長靴をはいたままの格好で廊下にすわり込んで、ペゴニアの上に落ちる雨を1日じゅうながめていた」。いつもなら調子のいい源等もだまって大佐の隣にぽつんと座るだけだけだろう。ウルスラはふと感じた、「戦争でないとすると、きっと死ぬんだわ」と(p.209)。

町一番の美人に育った「小町娘のレメディオスが裸で前を通りかかっても、見ようとしなかった」。双子の兄弟、ホセ・アルカディオ・セグンドとアウレリャノ・セグンドがテーブルに向かい合い、パンとスープを鏡に写したように左右反対に食べる芸を披露しても、気がつかなかった。そして、私も彼らがそんな芸を持っていたことに気づいていなかった。彼らは大佐が帰ってくるよりもずっと前からこの芸を何度も練習していたに違いないのだ。大佐は放心状態だったが、私もきっと放心状態だったのだろう。
「また出かけるのはいいけれど、せめて、今晩のわたしたちは忘れないでおくれ」とウルスラは彼に話しかけた。「そう言われて、アウレリャノ・ブエンディア大佐は、…自分の惨めさを理解しているのは母親のウルスラだけだということを知った」。そして「彼女の顔をしげしげとながめた」(p.210)。
「悪いけど、ママ」と彼はすまなそうな顔で言った。「この戦争で何もかも忘れてしまって」
「それから数日のあいだ、彼はこのよに残した足跡のすべてを消す仕事にかかりきった」(p.211)。しばらくして、「主治医を読んでリンパ腺の剔出手術をさせてから、…心臓の位置を聞」き、「赤チンをふくませた綿で胸に丸いしるしをつけた」(p.212)。

「停戦の始まった火曜日は、朝から暑くて雨だった」(p.212)。大佐は「ふだんより口数が少なく、何やら考えこんで、わびしそうに見えた」。停戦の調印へと出発する時、ウルスラは言うのだ。
「約束できるね、アウレリャノ? 向こうで何かおもしろくないことがあったら、母親のわたしを思いだすんだよ」(p.213)
サーカス用のテントの中で調印式が始まった。「大統領の特使が降伏文書を読みあげようとする」と、大佐は「形式的なことで時間をむだにするのはやめよう」と言って、「文書も読まずに署名しようとした」のだった。その時、「静けさを破って、将校たちのひとりが言った」のだ。
「大佐、お願いです。最初に署名するのはやめてください」(p.214)
大佐はその願いを聞き入れた。静寂の中、ひとりひとりが署名し書類を回していった。そのペンの走る音だけが聴こえる中、アウレリャノ・ブエンディア大佐は何か考えごとをはじめたにちがいない。そして、私もこの機会に「代わりに読む」ことについて考え始めたのだった。

私は連載の冒頭で代わりに読む際の心がけとして、こう言ったのだった。

・冗談として読む
・なるべく関係ないことについて書く(とにかく脱線する)

そして心がけにつづけて「なぜそうするかの目論見がいちおうある」と書いたが、それはただの直感に過ぎなかった。ただあらすじを書くのではなく、あるいは私の感想をただ述べるのでもなく、脱線がキーになると私は直感していたのだった。少なくとも連載当初の私はそれを信じる以外に、代わりに読む方法を持っていなかった。私はとにかく脱線し続けた。考えうる限りの脱線の方法を試みた。しかもなるべく遠くに。

読み進めるうちに気付いたのは、そもそも「読む」という行為が最初から脱線を孕んでいるということだ。小説を読むと、そのあちこちで何かを思いついたり、思い出したりするものである。次から次へと思い出し、気づけば再び小説に意識は戻っている。これが心地よいのだ。しかし、これは本当に脱線なのだろうか? 私はわからなくなってしまった。パチンパチンと意識が切り替わっていくのはなんなのだろう。

たとえば湘南新宿ラインを知っているだろうか。北は宇都宮線や高崎線を走っていた電車は、それから山手貨物線を経由して埼京線に入り、そして最後には横須賀線、東海道線へと次々と進んで行く。湘南新宿ラインという線路は存在せず、その次々転線していくという流れに名前が付いている。だから、湘南新宿ラインは目に見えない。それは意識のようなものだ。静的にはわからない、転線していくその動きの中にしか、そこに乗って、そういう経路で走って行ったという記憶にしか、湘南新宿ラインは存在しないのだ。そして、私ははじめて湘南新宿ラインに乗った時、車両がガタガタと音を立ててポイントを通過し、揺らしながら異なる路線へと転線していくのに気づいて、言葉では表現できない気持ちよさを感じていたのだった。

あるいは、並走する電車の話だ。京都と大阪の間に阪急電車と新幹線が並走している高架線がある。阪急電車は名前の通り、大阪へ向けて急行しているはずなのだが、新幹線から見ればかなりゆっくりとした速度で走っているのを見ることができる。どれだけ近くを走ろうとも、当然のことながら決してこれらが転線したりはしない。ところが、この高架線は新幹線の建設の際に、同時に建設されたものだった。そして、工事の関係で先に出来た新幹線の線路上を一時期、阪急電車が走っていたという歴史があるのである。いま考えたら本当だろうか?と思うことだが、本当なのだ。私はこの話が好きだ。そしてこの話を思い出し、また阪急電車の側から並走する新幹線を眺めるだけでワクワクしてくる。なぜ私はこれが好きなのか。それは、本来並走するだけで、交わる走るはずのない阪急電車が新幹線の線路を走ってしまっていたことをリアルに感じているからだろう。

そして私はここで膝を打った。読むことに伴う脱線と呼んでいたものは、実のところ転線と並走なのではないか。では、小説を読む場合にそれは具体的に何を指すのだろうか。そしてそれは代わりに読むことにどう関わってくるのだろうか。それはつまり、、。

ところが、私がその先を考えようとした時、ちょうどアウレリャノ・ブエンディア大佐の元に「書類がテーブルをぐるっとひと回り」してきたのだった。申し訳ないが、続きは次回に持ち越さねばならない。
「大佐、まだ考える時間がありますよ」
と将校が言ったが、「アウレリャノ・ブエンディア大佐は一枚めの文書に署名した。ところが、最後の一枚に署名し終わらないうちに、二個の行李を積んだ騾馬を引っぱって」(p.214)ある男が入り口に姿をあらわしたのだった。

ひょっとしてまた無責任極まりないあの男じゃないか、と彼は思った。
「わはははは、なんとか間に合いましたな。いやあ、大変だったですよ」
そんな声が聞こえたかに思われたが、その男はただの「マコンド地区担当の革命軍の経理将校だった」。そして、彼は革命軍の隠し持っていた七十二本の金塊をなんとかしてここまで運んできたのだった。大佐はこれを結局、「降伏の引き渡し物品に加え、…式を終わらせた」(p.215)のだった。

大佐は役目を終えると「野戦用のテントにさがった」。そして、「午後三時十五分きっかり、主治医が胸に描いた赤チンの丸に狙いをつけて、ピストルを発射した」。ちょうどその時、ウルスラが「いっこうに沸かない」鍋の蓋をあけると「なかが蛆虫でいっぱいになっていた」(p.215)。彼女はアウレリャノが殺されたのだと直感した。彼女が栗の木の下で泣いていると、「血のりでごわごわになった毛布にくるまれ、…アウレリャノがかつぎ込まれた」(p.216)。

偶然にも急所を外していたのだった。「死にそこなったことで、彼は二、三時間で昔の声望を回復した」(p.216)。何ヶ月かしてから大佐は「初めて部屋から外に出た」が、「廊下の様子を見ただけで、戦争など二度とごめんだという気になった」。ウルスラは言った。
「まあ見ておいで。よそでは見られないくらい、この変人ぞろいの屋敷を、立派な、誰でも気楽に訪ねてこれる家にしてみせるから」(p.218)

アウレリャノ・ブエンディア大佐も、あるいは源等も流れに逆らわずに生きていりゃ、もっと楽だっただろう。行き詰まって悩んでいた大佐も、その場で臨機応変にやっていく源等も頭を使うし、それによって解決した問題があったはずだ。それに私がこの章を読み通せたのも、源等のお陰だ。だとしたら、いったい誰が無責任だったのか。それはおそらく言うまでもない。

さて、平和を取り戻したマコンド、みなが家にそろったブエンディア家。彼らはこれからどうやって生きていくのか。その再興の物語が気になる人は本屋さんに走ってください。私はまたつづきを読み続けます。そして次回は前半の締めくくりとして、代わりに読むことの可能性についての現段階での考えを述べたいと思います。

(次回は3月8日(日)に更新予定です。)

参考文献
1. ガブリエル・ガルシア=マルケス,『百年の孤独』(鼓直訳), 新潮社, 2006.
2. Gabriel García Márquez, “Cien años de soledad,” 1967.
3. 古澤憲吾(監督), 『ニッポン無責任時代』, 東宝, 1962.
4. 古澤憲吾(監督), 『ニッポン無責任野郎』, 東宝, 1962.

* 本文中、ページ数のみを示している場合は、文献[1]からの引用です。
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