世界で最も美しい女性、最も美しい男性

 名曲「The Most Beautiful Girl In The World」(以降「TMBGITW」とする)。プリンスが名前をシンボルマークに変え、NPGレコーズよりインディーで初めて94年2月9日にリリースしたシングルだ。当時ワーナー・ブラザースに居たプリンスは一曲だけならとその許可を得ていた。レコード会社から出すよりも高収入となるからプリンスは絶対ヒットさせたかった。94年3月28日にUKでリリースされているが、初めてのナンバー・ワンとなっている。実はプリンス側がそのシングルを何千枚も購入、それがヒットに結び付いたという噂もあるのだが。
 更にプリンスは94年5月17日「TMBGITW」のリミックス集『The Beautiful Experience』をリリース、とことん許可された1曲を使い回した。「TMBGITW」のシングル、最初B面曲は「New World」という当時の新曲が企画されていた。しかし2曲はダメだ、と許可が下りなかった。そこでプリンスは「Beautiful」という「TMBGITW」のリミックスをB面に収録させたのだ(「New World」にあったサウンド・エフェクトも少し含ませて)。「TMBGITW」のリミックスならインディーで売ることが出来る、プリンスはその時そう思いついたのだろう。

 実は「TMBGITW」使い回しは他にも計画されていた。それは94年1月に作られた「New World」よりも前、93年11月頃、「TMBGITW」の歌詞を変え「The Most Beautiful Boy In The World」として女性に歌わせる企画であった。しかも一人ではなく、世界各国それぞれのアーティストが、それぞれ喋っている言語で歌う。全世界196か国、言語は実は6900種類くらいあるそうだ。6900曲のヴァージョン違い!著作料が世界中から入ってくる、世界で最も美しい男に。世界でも最も売れる曲、そして世界で最も一人の男に収入が入る曲となる...

 小比類巻かほるさん(以降コッヒーと僭越ながら呼ばせて頂きます)がプリンスより94年「TMBGITW」のカセット・テープを貰い、コッヒー自身が「The Most Beautiful Boy In The World」の日本語歌詞を作り、歌い録音している。しかしそのヴァージョンはお蔵入りとなってしまっていた(95年7月21日にリリースされた『White (Kohhy Best '89~'95)』に収録の「The Most Beautiful Boy In The World (Mood II Swing Club Mix)」はリミックスでプリンスの音源は使われていないと思われる)。

 実は今から7年前に以下の映像がアップされている。

小比類巻かほる - the most beautiful boy in the world (Live)

https://www.youtube.com/watch?v=cah9E8wJ79M

 ここで「The Most Beautiful Boy In The World」プリンス・ヴァージョン(5:16)(以降コヒバとする)とプリンス・ヴァージョン(4:37)(『The Gold Experience』のアルバム・ヴァージョン、以降プリバとする)の比較をしたい。

The Most Beautiful Girl In The World

https://www.youtube.com/watch?v=QJuTytASlUo

 コヒバはリマスタリングを施して音質向上させているもののどこかデモのように聴こえる。そしてプリバに比べて音質が悪いから聴こえないのか、エフェクトがなくキーボード音がやや簡素(だがしっかり曲のバッキングとして完成している、プリバと基本同じ演奏だが違う箇所もある)。
 その反面「Pink Cashmere」で聴けるハイハット中心のドラミング(コヒバのはややシャリが割れ気味)がコヒバ開始6秒後に入り(プリバではその時点ではドラムはまだ入らない)そのまま「Pink Cashmere」風ハイハット・ドラムが続く(プリバはハイハットの刻みが抑え気味で、違うドラミングに差し替えている可能性がある)。
 そしてプリバにあったメランコリックなギター・フレーズとは別に新たにインプロっぽいギターが入っているのがコヒバである。
 これらが本当にプリンスによるものかどうか。まず音が少しでも良くないドラムをわざわざコッヒー側のミュージシャンが入れるとは思えない。ギターはインプロっぽいのだが、ボーカルに合わせて弾かれている部分がある。コッヒーが歌ってからそれに反応してギターが鳴っているので、後からコッヒー側で加えたのかもしれないが、プリンスだってコッヒーにはプリンスが歌ったガイド・ヴァージョンを送っているはず。それにプリンスが既にギターを入れていたというのは当然あり得る。音質的にもギターとバッキングに乖離は感じられない。「TMBGITW (Sax Version)」(4:30)のようにプリンスが「(Guitar Version)」も作っていた、ということなのかもしれない。サックス・ヴァージョンではブライアン・ギャラガーが吹いているが、プリスはサックスが吹けないので自らすることは出来ないが、ギターなら当然弾ける。しかし「TMBGITW」にミネソタ出身、リッキー・ピーターソンやザ・スティールズのアルバム等に参加しているジェームス・ベリンジャーがギターでクレジットされている。彼のプレイという可能性もある。

 そしてコヒバはプリンスが作ったデモ・ヴァージョンであるのと同時にフルレングス・ヴァージョンとも言える。
 プリバは3分30秒辺りから展開が変わるが、コヒバはその辺りを過ぎてもコッヒーが歌い続け、4分05秒過ぎた辺りでプリンスのコーラスも聴こえる。フーっとロングトーンのファルセットはプリバにはない。その後もコヒバはスキャットを入れられるようにしているのか展開を変えず、コッヒーもとても素晴らしいヴォーカルを入れ続ける。4分50秒くらいで、ここまで歌を入れて欲しいという指示があったのではないかと思わされる位に、ギターとキーボード音が入り、演奏が次第に淡々とし始めて、すっと突然に近い形でフェード・アウトして終了する。

 コッヒーが手にしたテープには1994年とだけあり、いつ頃送られてきたかは不明だが、93年9月20日にペイズリー・パークでトラッキングが行われ、93年11月中旬辺りにOphélie Winterが「Le Plus Bel Homme De L’Univers」の歌入れをマイテやコッヒーの「The Most Beautiful Boy In The World」のように行っている。なので94年に入って直ぐにでもコッヒーもテープを入手していたはず。またリッキー・ピーターソンがキーボードを時期は不明だが「TMBGITW」に加えているが、エフェクトがないコヒバは、リッキーが加える前に作られたもの、93年9月20日に作られた最初のトラッキング、もしくはそれに近いものなのかもしれない。

 さて、今度はマイテの「The Most Beautiful Boy In The World」(4:30)(以降マイバとする)とも比較してみた。

Mayte The Most Beautiful Boy in the World

https://www.youtube.com/watch?v=VXDy5u-Ezx0

 princevaultにはマイバは「TMBGITW」と同様のバッキングが使われているとある。しかし曲展開は寧ろプリバよりコヒバに近いのだ。ハイハット・ドラム、ギターは入っていないものの、プリバにあった3分30秒辺りから展開変化が無く、マイテは自身のボーカルを歌い続け、ここまで歌って欲しい部分の20秒前でフェードアウトで終わる。ただコヒバで感じられるデモ感はマイバには無く、サウンディングは確かにプリバの方に近い。
 そしてふとここで思い出した。確か「TMBGITW」のシングル・ヴァージョン(4:07)(以降プシバとする)はどこか違っていたはず。なので聴き直してみた。
 プシバはプリバにあった3分30秒からの展開変化が無く、プリンスもそのまま歌い続けているのだ。コヒバやマイバよりも前にフェード・アウトしてしまうが、プシバ、コヒバ、マイバは同系ヴァージョンということになる。アルバム用に改めて展開を作り直したのがプリバということになろう。よって制作の時系列は、93年9月20日のトラッキングに近いコヒバ、その後リッキー・ピーターソンが参加して恐らく93年中に完成させていた(93年12月29日にペイズリー・パークでのパーティで「TMBGITW」が流されており、それが完成したヴァージョンだと思われるから)プシバ、そしてマイバ。更にアルバム『The Gold Experience』に収録のプリバが94年に入って以降のいつかとなる。

 しかし謎は残る。コッヒーが手にしたテープに94年と記載されていることだ。マイテらより後にコッヒーは音源を手にしたのだろうか。ならばなぜコッヒー用テープはデモなのだろう。ガイド・ボーカル・ヴァージョンは全てデモを収録させていたのかもしれない。
 そして何より、なぜこの企画が頓挫してしまったのか。朝令暮改、プロジェクト・クラッシャーのプリンス、いつものこと、と片付けるわけには行かない。この企画は「世界でも最も美しい男が世界で最も1曲だけでの収入を得る男」になれる可能性があるのだから。
 プリンスが一体他に何人の女性にテープを送ったかは分かっていない。93年12月10日、プリンスはオランダの新聞『アルヘミーン・ダグブラッド』とスペインの『エル・パイス』に「独身者が休暇を一緒に過ごしてくれる世界で最も美しい女性を探しています」と書き、ペイズリー・パークにヴィデオ、写真等を送るように指示した広告を載せ、なんと5万人の女性から集まったとprincevaultに書かれている。その中から選ばれた7人が「TMBGITW」のシングルのジャケットに載せられている。
 
Ophélie Winter : "The most beautiful girl in the world" Prince cover

https://www.youtube.com/watch?v=dYfmohvPEGA

 実はオフェリーがフランス語で作詞した「The Most Beautiful Boy In The World」の音源はリークしていない。上記の映像は「TMBGITW」のカバー・ヴァージョンだ(リンク先にAIとの表示があるので、勝手に作った?)。オフェリーが歌詞を作ることが出来なかったから録音されていない、そんなことも無かろう。よって世界に「The Most Beautiful Boy In The World」はマイテによるものと、コッヒーによるもの、2曲しかない。広告で集まった5万人の中に居るのなら、名乗り出る人が一人くらいいてもおかしくないのだが、それも現時点ではない。
 世界で最も美しい男性が世界で最も美しい女性を見つけたから、というのが企画頓挫の原因、だと筆者は思っている。

参考:
https://www.kohhy.co.jp/princebd2023

https://twitter.com/Kohhy/status/731439827271319552

https://princevault.com/index.php?title=The_Most_Beautiful_Girl_In_The_World

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