花は毎年咲くのです。

桜のつぼみがふくらむころ、私は2匹の猫を思い出す。

これは、そのうちの1匹の猫の話。

春先から初夏を、うちの庭で過ごす猫だった。

父が花の苗を植えるころやって、日差しで温まった踏み石で昼寝をしていた。花が咲けば茂みの真ん中で「どう? 絵になるでしょ?」とでも言いたげに、こちらを向いて。食べこぼしがついているような口周りの模様と、眉間にシワを寄せたような柄のせいで、あまり花が似合う容姿ではなかったけれど。

最初、私たちは飼い猫だと思っていた。

首輪をしていたし、庭仕事をする父には自分から近寄り、少しだけ撫ぜさせていたから。どうやらノラだと気づいたのは、その猫が来て3度目の春だった。それまでと全く違う顔つきでやってきたのだ。頬がこけ、眼光が鋭くなり、じっとりとした視線をぶつけるようになった。もしかしたら、ノラに「なった」のかもしれない。

父でも撫ぜられなくなったが、真青なネモフィラや白い水玉模様のノーボールの茂みで寝ている姿は、「どう? ここが似合うのは私だけでしょ」と言っているようだった。

それからまた何年か経つと、その猫は夏を過ぎても庭にいるようになった。

柚子の木の下で寝て、夕方になるとどこかへ出かけていく。父は玄関脇にダンボールを設置して、そのなかで丸くなって眠るようになったころ「ニャンタマ」と呼び始めた。

目つきは相変わらず鋭いけれど肉付きがよくなり、そーっと近づくと、シャーシャーフゥーフゥー言いつつも顎を差し出し、私にも撫ぜさせてくれるようになったニャンタマ。

全く可愛くない容姿の、全く可愛くない態度の猫。

でも。

わが家の歴史で初めての、名前がつき、寝床が用意されたノラ猫になった。

そんな落ち着いた仲が続いていた、翌年の冬の日。私たち家族は見てしまった。

公園のベンチに座るホームレスのおじさんの膝に座り、甘えるニャンタマを。

うちで見せるキリキリとした姿との違いに驚いていると、こちらを向いたニャンタマは「しまったっっ」という顔を確かにして、目をつぶった。それも、力強く。

おじさんが話すには、その猫はミーちゃんという名前で、昔はガリガリだったけどカリカリをあげたらここまで太り、夜はずっとベンチに座るおじさんの膝の上にいるということだった。そんな話をしている間もニャンタマはこちらには見向きもせず、おじさんの顔を見つめ、時折「みー」と高い声で鳴いていた。

全てに衝撃を受けた。

猫があわてた顔をすること、そんなに可愛い声が出ること、うちは別宅だったこと。

そして、すごく深いところで結び付いている、おじさんとミーちゃんの関係に。

それからもニャンタマは、よそよそしい態度とバツが悪そうな顔であの箱にやって来ていたのに、春が近づいたある日、パタリと来なくなった。

ニャンタマが来なくなって一週間がたった日。

会社から帰ると箱がなくなっていた。

茶の間に入ると、父は新聞を見ながら、ホームレスのおじさんにニャンタマの行方を聞きに行ったとしゃべり始めた。

最後にうちに姿を見せた日の晩、もうニャンタマはおじさんの元に自力で行けなかったそうだ。うちの生垣にむかってミーちゃんと呼ぶとよたよたと出て来てくれたので、いつものベンチで撫ぜていたけれど、明け方、息を引き取ったと。そして、公園の隅にミーちゃんを埋めたということだった。

「だから、もう家主のいない箱は片付けました」と言って、ニャンタマの話は終わった。

私は「そっか」とだけ返事をして、あんなにも深いところで誰かと繋がれることは生物の最大の喜びじゃないだろうか、とか、あの公園ならどこでも桜の木が近くてよかったな、なんてことをぼんやりと思っていた。

それから、ボスがいなくなったうちの庭では猫の縄張り争いが起きたけれど、定住する猫も、名前がついた猫もいない。

そして私は今年も、花が好きなのに全く似合わず、咲くまであと少し待てなかった猫のことを思い出している。

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ホシノ

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