前途洋々では決してないけれど。

30歳が来る。あと半年足らずでやってくる。

「歳をとるって、どんどん自由になることよ」と、人生の先輩に言われたことがある。
その自由を初めて感じたのは、20歳のころだった。現代アートに対して初めて、「これ意味わかんないね」と言ったとき。それまで、「『わからない』って言ったら、私が『わかってないヤツ』って思われるかも」と思っていて全部わかったふりをしていたから、現代アートは苦手だった。でも、1回「わからない」と言ったらなんだかすごく軽くなって、それから現代アートもけっこう楽しめるようになった。

コンプレックスの塊だった中学時代に比べれば、今は自分のこともまぁ少しは好きになった。
好きになったというより、「認められる」ようになった。メガネもテンパのくせ毛も、まぁいいじゃんと思う。「ヘンだよね」っていうクラスメイトの代わりに、「面白いよね」って言ってくれる友人のおかげで、着眼点とか発想が人と違う(らしい)ことも気にしなくなった。むしろ、もう「ヘンだよね」って嘲笑してくる人がいたら(たとえそれが没交渉でも)必要最低限の卒ないお付き合いを目指せばいいし、「誰からも嫌われたくない」なんて思わない。そんなことより、私が神経を張らせる場所は他にある。大切なこととそうじゃないことに線を引けるようになったのも、半径5歩くらい私を自由にしてくれた。

頻度は減ったけれど、もちろん相変わらずグジグジ悩んで死にたくなる夜もある。
「なんであんな言い方しちゃったんだろう」「もう飲み会の声がかからないかもしれない」「きっと嫌われた」「そうじゃなくてね、って言いたいけど今さら無理だよね」とか「やばい返事こない」「避けられる理由がわからない」「わからないって私の人格やばくない?」とかね。
でも社会人になった今はお酒だって飲めるし、エステにも行ける。自分を立て直す術はいろいろ知っていて、そのためのお金も融通できる。門限だってない。何より会社には有給休暇があるし、転校に比べて転職のハードルはものすごく低い。とくに今働いている業界は。それが私は本当にキラク。

29年間を振り返れば、もがき苦しんだ私が死屍累々としている。ありがとう、一体一体の開拓のおかげで今の私は少しラクです。

女の30は、わりとネガティブな「一区切り」的な扱いをされやすい。でも、区切りは区切りなんだけど、ぜんぜんネガティブじゃない。
「30歳に見えないですよー」なんて言わないでほしい。30歳に見えていい。だって30歳なのは事実だから。実年齢にともなってオトナになっていない中身に不安はあるけど、それは30歳への恐怖とは違う。

私の周りのover30の先輩方はみんな、「30代の楽しさ」を口にする。そして30代が射程内に入った私も、そうだろうなと思う。30歳になったら、30歳なりの自由を満喫したい。傍若無人にならない程度に。

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