夏は終わりだけど。

夏らしい話。


玄関のすぐ脇に、小さいけど、春になれば立派に花を咲かせる桜の木があった。何もなかった広い庭に、昔、主人がアクセントが欲しいと苗木を植えた。飛び散った花びらが風で玄関から中に入って困ると奥さんは文句を言った。主人は毎年の開花を楽しみにしてた。近所の人に感心されるのも誇らしかった。

夏に娘夫婦が都会から帰って来ることになった。彼らのために広い庭にもう一軒、小さな家を建てることになった。そのためには、どうしても大きくなった桜の木が邪魔になった。主人は最後まで反対してたが、結局、奥さんに押される形で切ることになった。

桜の木を切る日、主人は部屋から出て来なかった。翌日、彼は不意に倒れて救急車で運ばれた。くも膜下出血だった。病院でも意識が戻らず、数日間後に死んだ……隣のおばちゃんに聞いた話。


以下、俺が経験した真夏の不思議な話。


入院中、看護師さんらに聞いた話……患者の高齢のおじいさんが、朝のリハビリに毎日、参加するくらい元気になってたのだが、ある日の夜中、病室を抜け出して、暗いリハビリルームの長椅子に独り座ってた。夜勤の看護師さんが見かけ、「◯◯さん、どうしたんですか?部屋に戻ってお休みしましょうね」と話しかけたところ、おじいさんは静かに「わしはもう充分に生きた…いい人生じゃった。もう悔いはない…」と言ったという。その翌週、おじいさんは亡くなった…。


その話を聞いて看護師さんらと騒いだ日の夜、俺は必ず夜中3時ごろ一回は目が覚めてトイレに行ってたんだが、病室に近い、あまり人も来ない非常階段の近くの小さなトイレを使用してた。トイレの横は共同浴室だった。装具を付けて壁伝いにヨチヨチ歩いて、暗い浴室の前を通ったら、ザバァ、ジャーッと風呂に入ってるような水の音が聞こえてきた。「えっ、こんな夜中に?誰?」。止まって浴室の、真っ暗な磨りガラスを見つめたまま聞いてると、「うああああああ」となんかうめくような声が。驚いて、ゾゾっとして、急いで戻り、部屋の前を通って、ロビーのエレベーターの前の看護師詰所があるところの明るいトイレに入った。いつものように看護師さんがいて安心したが、何も言わなかった。


脳出血により右片麻痺の二級身体障害者となりました。なんでも書きます。よろしくお願いします。