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国境を越える「いじわるな問題」とそれに対峙するデザインリサーチとは? (試し読み)

大学院を卒業して、アムステルダムで働き始めて既に一年たちました。日本の仕事も何件かやらせていただいており、7月25日に編著者として参加していた『SPECULATIONS:人間中心主義のデザインをこえて』がBNNから発売されました!

本書は様々なバックラウンドをもった編著者が、世界中のデザインリサーチの実践を選び、その事例を取り巻く文脈について解説した本となっています。合計で99個の事例がまとめられており、英語圏でも、ここまで多種多様なデザインリサーチの事例が網羅された本はないと思います。

代表編著者は川崎 和也くん。そのほかの編著者は、ライラ・カセムさん、島影 圭佑さん、榊原 充大さん、古賀 稔章さん、ドミニク・チェンさん、砂山太一さん、太田 知也さん、津田 和俊さん、高橋洋介さんです。この本全体の狙いなどは、代表の川崎くんの刊行に寄せての文章や、書籍の編集を担当された岩井 周大さんが書かれたこちらの記事が参考になると思います。

僕はPart1のモビリティ(移動)のチャプターを担当しています。グローバリゼーションの限界が見えた世界に、どのようにデザインは対峙しうるのかについて、様々な事例を交えて紹介しています。

編集部の協力の元、宣伝をかねて僕の書いたチャプターの導入テキストを公開します。このテキストを読んでもし興味がでたらぜひ手にとってみてください!


—『SPECULATIONS:人間中心主義のデザインをこえて』p70-73 より——
※転載にあたり、本書に掲載された注や画像は省略しています。


PART1 : After Globalisation — モビリティ
国境を越える「いじわるな問題」とそれに対峙するデザインリサーチ

私たちは、いままでになく、人とモノと情報が大量かつ高速に移動する時代に生きている。この文章は、Airbnbで予約したグラスゴーの宿に向かうUberの車内で書かれている。そして、それを書く私はオランダにて働く、いま欧州にて急増している「移民」の一人である。Google、AirbnbやUberといった企業が提供する、情報と空間が密接に絡み合うプラットフォームよって覆われた世界では、人や情報が移動するハードルが限りなく下がり、私たちはこの上なく便利な生活を享受するようになった。しかし、この過剰とも言える移動性(mobility)によって、物理的な距離や境界のもつ意味が薄まったことで、これまでとはまったく異なる種類の問題が発生している。

 移動の社会学の第一人者であるジョン・アーリが指摘するように、もはや社会は一定の物理的な境界に枠づけられた領域のなかだけでなく、それを超えた移動性の相互関係のなかにある。行き過ぎたモビリティが溢れる社会で発生する問題が厄介なのは、その問題がひとつの場所に留まらず、国を超えて連鎖するからだ。

多国籍企業が引き起こしたダブリンの住宅不足

そのひとつの例に、アイルランドの首都であるダブリンにおけるホームレス人口の深刻な増加がある。アイルランド全体では、2015年から2019年の間で路上生活者の人口が2倍に増え、1万人を超えた 。その原因のひとつとして、アメリカ発祥のAirbnbが批判されている。ダブリンではかつて低所得層が借りることができた住宅が、Airbnb専用の物件に変わりつつある。多くの家主が、実際にその地域で生活する人に長期で貸すよりも、観光客に短期滞在の物件として貸し出した方が、より多くの収入を得られることに気づいてしまったのだ。Airbnbのキャッチコピーとして「地元の人のように暮らす(Live like a local)」があるが、ここでは皮肉なことに、観光客が地元の家で暮らす一方で、地元の若者がホステルと路上を行き来する状況が生まれている。

ダブリンにあるAirbnbの欧州本部は2018年10月13日に、住宅不足の改善を求めたデモ集団によって一時的に占拠された  —  写真 :  Ciaran Sunderland 

 しかし、この問題の背景は複雑であり、原因はAirbnbだけにとどまらない。そもそものはじまりは、2004年にアイルランド政府が法人税を12.5%(日本は29.97%)にまで下げたことにさかのぼる。政府の本来の狙いは、現地の産業を活性化し、アイルランド人の失業率を下げることであった。しかしこの低い法人税が、節税対策を求めるGoogleなどの多国籍IT企業の海外拠点をダブリンに呼び込むことになる。現在ではアイルランドの労働者の5人に1人は多国籍企業で働く高給取りの移民であり、彼らの多くが住むダブリンの月あたりの平均家賃は1900ユーロ(現在、日本円で約23万円)を突破した。ダブリンはアイルランドに元々あったローカルな産業で得られる収入では住むことができない街となってしまったのだ。しかも、Airbnbのような多国籍IT企業はアイルランドの主な税収入源となっているために、政府は彼らに対して規制を儲けにくい状態にある。ダブリンの住宅危機は、多国籍IT企業の節税対策等もあり、国境を越えるさまざまなステークホルダーが絡み合った問題となっている。

「いじわるな問題」を念頭においたデザイン

1973年、デザイン理論家のホルスト・リッテルと都市計画家のメルヴィン・ウェバーは、こういった背景にある因果関係が不明瞭で原因の複雑性が高い問題を「いじわるな問題(Wicked Problems)」と定義した。 科学や工学が扱う、問題の定義が変わらず唯一の最適解が存在する「飼いならされた問題(Tamed Problems)」に対し、「いじわるな問題」は、問題の捉え方が人によって違うため誰もが納得する問題の定義が存在せず、そもそも「解決した」と言える終わりの状態がない。そして解決という行為は一度実行すると、新たに二次的な問題を発生させて、当初の問題をより複雑にしてしまう。
 60年代以前のデザイナーにとっての設計の対象は「畳めるパイプ椅子の形状」など、物体の形状に留まった「飼いならされた問題」がほとんどだった。しかし、デザイナーの設計するものが見た目や形状を超え、人の行動を変えるシステムやサービスとなった今の時代において、デザイナーは何らかの形で「いじわるな問題」と対峙せざるを得なくなっている。
 74ページで紹介しているFairbnbは、まさに「いじわるな問題」と向き合うサービスのよい例のひとつであると言えるだろう。先ほど紹介したように、Airbnbのようなサービスは世界中の都市でダブリンと同じように家賃の高騰や住民の締め出しといった問題を引き起こしている。これに対抗すべく、Fairbnbでは自治体ベースで運営し、地域住民とともに歩む民泊プラットフォームを展開しようとしている。

2019年9月から欧州で本格的に始動を始めるFairbnb — 写真 : Fairbnb

組み合わせ可能で、他の地域への転用が可能な「小さな」解決策へ

ところで、「いじわるな問題」にはもうひとつの性質がある。それは、解決を試みることによって二次的な問題が発生すると同時に、その問題の本質についての理解も進むということだ。デザインリサーチではこの性質を利用し、仮説の連続的な検証によってある問題への理解を深める。複雑な社会問題に対峙するアプローチとしてデザインリサーチが注目されている理由は、この臨床的な側面にある。

 2015年、アフォーダンス理論などで知られるドナルド・ノーマンらは「Design X」と題された論文において、デザイナーがどのように政治や都市化、環境問題といった複雑な問題に対峙できるのか述べている。彼らはそのなかで、複雑な社会・技術的問題に立ち向かうために、モジュール性の高い小さな解決策の積み重ねを通した、状況の理解と改善が重要であると述べている。このプロセスでは、大きい問題を相互に繋がり合う細かい問題に分解し、それぞれに小さな仮説を当てはめ、全体の構造や構成要素の関係を明らかにしていく。一つひとつの施策のモジュール性を高めることで、変質し続ける問題にも対応が出来る上に、さまざまな策の組み合わせも可能になるのだ。

私は現在、アムステルダムにある、オランダ政府や欧州委員会の出資を受ける公的な研究機関Waagで働いている。Waagではファッションデザインから教育に至る幅広い分野で、先端テクノロジーを使って社会問題に向き合うプロジェクトが実施されている。欧州において公的な利益を追求するプロジェクトの多くは、何らかの形で欧州委員会からの出資を受けており、Waagでも半分以上のプロジェクトがEUファンドによる支援を受けている。このEUファンドで強く推奨されるのは、他の地域との互換性がありつつ、ローカルな実践との組み合わせが可能なモジュラーな実践である。というのも、欧州連合は28ヶ国によって成り立っており、そのすべての公益を考える上では、ひとつのプロジェクトが複数の地域でも有効であることが必要不可欠だからだ。例えば94ページで紹介する「Making Sense」は都市でのデータ収集を民主化するツールだが、これはオープンソースのハードウェアとして公開されているため、アムステルダムからバルセロナに至るまでさまざまな都市で使われている。

都市のデータ収集を民主化するMaking Sense プロジェクト — 写真 : Making Sense EU

政府や多国籍IT企業による大きな介入は、グローバル化した今日の世界においては、大規模な二次的問題を発生させる危険性を常にともなう。課題の原因や背景が、複数の地域をまたぐモビリティの高い問題においては、このようなモジュール性の高い小さな策を積み重ねるアプローチこそが、私は有効であると考えている。

このセクションで紹介する事例として選ばれたのは、モビリティが過剰なまでに遍在化つつある社会において、働くことや住むことについての新たな視座を提供するプロジェクトである。そのなかには、未来のインフラのプロトタイプから、新しい技術をつかって都市空間の情報を整理するシステム、生活する地域を改善するための一般市民による活動もある。その全てに共通しているのは、政府や大企業による大きな介入ではない小さな実践であり、組み合わせ可能で他の地域へと展開しうることだ。

—『SPECULATIONS:人間中心主義のデザインをこえて』p70-73 より —

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