『コーラン』は原罪無しの真理を説く



 イスラム教では今ある『聖書』の内容は神の言葉を伝えたものではあるものの、伝承の過程で不正確なものが混じった、としている。
 確かに、エロヒムとヤハウェの話一つとっても『聖書』には不体裁なところがあるのである。これは『聖書』が預言者の言葉をその時代に書いたものではなく後世の編纂物であるからで、ユダヤ教やキリスト教の各派の中においても『聖書』の範囲は異なるのである。有名な話で言うと、例えば「旧約聖書続編」はカトリック教会では『聖書』の一部として認められているが、プロテスタント教会では『聖書』の一部として認められていない。
 一方、『コーラン』はムハンマドが大天使ガブリエルより伝えられた神の言葉をそのまま纏めたものであるから、イスラム教では『コーラン』を基にして『聖書』の解釈を行うことになっている。それでは、その『コーラン』の内容は私による『聖書』の解釈を裏付けるものであるか、それが問題である。
 『旧約聖書』は一方では人間を「神の子」と記し、もう一方では「肉に過ぎない」と記している。私は前者の「神の子・人間」こそが本物の人間であり、後者の「肉体・人間」は本来の人間ではない、ということを述べた。そして同時に「神の子・人間」は菜食主義者であり、美貫であることについても触れたのである。
 こうした解釈は、今の主流派のユダヤ教やキリスト教では受け入れられていない。それではイスラム教ではどうであろうか?
 実はキリスト教ではアダムはエデンの園から追い出された時に「原罪」を背負ったと考えるが、イスラム教ではそうは解釈していない。その根拠も『コーラン』には記されているのである。

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日野智貴

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