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天職を捉え直す

偶然見つけたバルミューダの寺尾玄さんのインタビュー記事。


まずバルミューダって、お洒落なキッチン用品の老舗のイメージがあったんで、創業社長がお出ましになって、しかもお若くて、意外でビックリ。
(そんなイメージを持たせるのもすごい)

ミュージシャンは諦めたけど、「仕事で音楽」している寺尾さんにすごく共感した。

スティーブ・ジョブズやヴァージンのリチャード・ブランソンのような大物まで引っ張りださずとも、結構身近にそういった人はいる。

ものづくりでも、小説でも、デザインでも、医者であっても、「この人、音楽的だなぁ!」と感じる場面は多くある。

ちなみに人には、ざっくりいうと、音楽的に活動する人と建築的に活動する人の2種類いるような気がする。

時間的、空間的と言い換えてもいいかもしれない。

私の周囲には、どちらかといえば音楽的もしくは時間的に活動している人が多い気がする。

流れとか「今!」っていうタイミングを大事にしていたり、グルーヴしてくるような「間合い」の取り方が絶妙だったり。

最初に図面を引いてそこにむかって進むというより、ほぼ思いつきだろうっていう適当さでコトを進めて、そして何と無くうまくいく…。

個人的にもそういう仕事の仕方の方が向いているようには思う(だからそういう人を自然と選んでいるのかも苦笑)

グルーヴする人生

この寺尾さんの人生、音楽的な生き方の先鋒という感じで、ハチャメチャすぎて笑っちゃうんだけど、ご両親がよっぽどぶっ飛んだ方だったんだろうなぁと思ったらやっぱりそうだった。

「高校はいつ辞めるんだ?」とお父様に言われ続け、ご自身でも「だよな」と納得して中退してしまう。

その後放浪の旅に出て、帰国してからの展開もすごい。

「人生はいい時と悪い時が交互に来る。いい時、いい時と続くことはない」と言い切る寺尾さん。

ほんっとそうですよねー。メチャクチャ共感します。

悪い時に「どこまで落ちるんだ?」と感じることもあるらしく。
*それ、私もこの前思ったばかりです(笑)

詳しくは是非記事を読んで頂ければと思う。

仕事との向き合い方を疑う

で、何でこの記事を紹介したかといえば、大変個人的な気づきがあったからで、それを誰かに聞いてもらいたくなったから。

それをここからちょこっと書かせてもらう。

実は、天職って何なんだろう?と思いつつ生きてきた。
もう50を超えて数年経つというのに、である。

「今やっていることが天職だ」というのが、優等生の答えだろうし、自分もそう思い込もうとしてきたんだけど、どこか納得できずにここまで来てしまった。

しかし、この寺尾さんのインタビューを読んでいるうちに、少なくとも、今まで自分がやってきたことは、全部が全部天職というわけではないなってことに気づいた。

人に頼まれて本当は嫌だったけど引き受けたこと、
この仕事は時間潰しだなと思いながらやってきたこと、自分ならもっと違うやり方でやるよ、と思いながらやったこと…。

そんな風に、納得できずに、でも「仕事だから」という理由で諦めて、仕方なくやってきたことがどれくらいあるだろうか。

結果、それでよかったということも数多くある。
仕事は80%は嫌なこと、というのも納得できる。

けど、少なくともそれら全てが天職とはいえないんじゃないだろうか。

あと何年働けるのかわからないけれど、
天職に出会いたいわけでもないけれど、「今あなたがやっていることが天職だ」に、少しくらい抗ってみてもいいんじゃないか。

記事を読んだ後、割と強めにそう感じた。
だからと言って、明日から転職活動するわけじゃない(笑)。

けれど、仕事に対する見方、自分と仕事との付き合い方について、
一度しっかり見直さないといけないと思ったのだ。

今まで当たり前だと思ってやってきたことを疑って、ちょっと揺さぶってみようかな。

「仕方がない」と諦めて、味わわずに飲み込むんじゃなくて、もうちょっと自分の舌に合わせて、素材や味付けを変えてみてもいいのかもしれない。


そう思うだけで、明日からの景色が変わりそうでワクワクしてくる。
猫の寝顔を眺めながら今日は早めに布団に入ろうと思った。

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