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言わなきゃよかった

昔、近所の商店街に寿司屋があった。私が小さいころは、まだ回転寿司屋はポピュラーではなかったので、幼い私にとっての寿司屋のイメージは、生意気にも「廻らない寿司屋」だった。

決して裕福な家庭ではなかったけれど、食べ物については「本当に美味しいもの」を求める家だったように思う。

私がまだ小学校低学年くらいの頃だったか。何故かは覚えていないが、そのとき母はおらず、父と2人だけで商店街の寿司屋に夜、寿司を食べに行った。帰りに、父が母のためにお土産を包んでもらっていた。

「さっきのあの、美味しかったネタ、入れてもらえない?」

そう頼む父に、大将は、

「やあ、数が少ないんで、ごめんなさいね」

と答えた。他のネタを詰める大将をカウンター越しに眺めながら、私は何の気はなしに、

「ママ、よろこんでくれるかなあ」

と言った。するとそれを聞いた大将が、

「やあ、子供にはかないませんね」

と、さっき断ったネタを包んでくれた。

(私、そんなつもりで言ったんじゃないのに……)

言うんじゃなかった。日本語って、難しいぞ。子供ながらに、そう思った。その後も、言って後悔した言葉はたくさんある。「そんなつもりじゃなかったのに」と思ったものや、そのときはいいと思って言ったけれど結局言わなかった方がよかったものまで、色々。

自分の口から出た言葉は、意外にいつまでも残ってしまったり、誰かを突き刺してしまったりする。怖がっていては何も言えなくなってしまうけれど、やっぱり言葉も、それを吐く自分自身も、怖いなぁと思う。

思いがけず出てしまった私の言葉に対して、「それ、言わない方がいいと思うよ」とか「その言い方は誤解を招くよ」などと、言ってくれる人はなかなかいないけれど、もしそんな人に出会ったら、素直に耳を傾けられるようにしておきたいと思う。

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