服と女性のステイタスの関係 — 私がワイドパンツを選ぶ理由 —

私はワイドパンツをよく履いている。
オーバーサイズのシャツやコートを好んで着ている。

「どうしてこういう服装を選ぶようになったのだろうか」

先月ある記事を読んでから、ずっとそのことを考えている。

タイトルは「Modest Dressing, as a Virtue」(控えめな服装の美徳)。

最近世界で流行しているモデストファッション(肌の露出が少なく、身体のラインを覆い隠すような服装)について書かれていた記事である。


モデストファッションというと、ムスリムの人向けのファッションとして取り上げられることが多くなっている。

イスラムの女性は、家族以外の男性の前で、女性の魅力的な部分とされる髪・耳・首を隠すべきとされる。体形が顕著に出る服装や、手首より上の腕部分・脚が露わになる服装も、基本的に避けなくてはならない。宗教上、婚前交渉が禁じられ、男性を誘惑してはいけないとされるからである。

こういう制度の中で暮らす人も含め、多くの人が楽しめるファッションとして注目されている

一方この記事では、そこを中心に据えずに、キリスト教一派のアーミッシュやメノナイトから、話題のテレビシリーズ『The Handmaid's Tale』、ヒップな雑誌『キンフォーク』まで取り出し、「控えめな服装」が女性のステイタス形成にどう関わっているかを展開している。

(写真上:アーミッシュの女性たち・Copyright All rights reserved by Mark Burr

特に面白いのは、シルエットを隠すオーバーサイズの服やロングボトムスなど、歴史上「保守的」であることを表してきたフォルムが、今20−30代のリベラルな女性層に受けていると指摘する視点である。

例えば、記事の中で取り上げられているギャラリー運営者の女性は、仕事上の「作業のしやすさ」と「フォーマルさ」を併せ持つ機能性に加え、相手に「何を売り物にしているか」を勘違いされないために「厳格さ・知的さ・思慮深さ」を印象付けることができる服装を選ぶ、と語る。

つまり、社会的地位を確立したいとき、生まれ持った(切っても切れない)身体的特徴が与えてしまう不要な予想や期待をコントロールするために、服で「調整を図っている」ということなのかもしれない。

こういった歴史の一例を探していたら、女袴に行き着いた。

はじまりは明治初期。女子生徒たちは、椅子に座って勉強するのに着物では帯や裾が乱れやすいとして、男用の袴を着物の下に履いていた。しかし「女性らしくない、醜い」と世間の批判を受け、一度は着物に逆戻りする

(出典:「国立国会図書館デジタルコレクション」より『怪化百物語.下』)

そこで機能性と優美さを兼ね備えた、股が左右に分かれていないロングスカート式の袴が生み出され、颯爽と歩く女子生徒の姿が人気を得る。

媚びるのではなく、男性の真似でもない。ここでやっと「女性が勉強するのは素敵だ」というイメージが確立したのである。

(出典:国立国会図書館所蔵『新版引札見本帖.第1』)

ここで思い出すのは、鷲田清一さんの『ちぐはぐな身体―ファッションって何?』という本。

鷲田さんは、私たちは服に身を委ねたり、着崩したりして、社会的属性との距離をとりながら「じぶん」を確認していると考える。

(前略)たいていの服というのは個人のイメージについての社会的な規範(行動様式、性別、性格、モラルなど)を縫いつけている。その着心地がわるくて、ぼくらはそれを勝手に着くずしてゆく。どこまでやれば他人が注目してくれるか、どこまでやれば社会の側からの厳しい抵抗にあうか、などといったことをからだで確認していくのだ。が、それは抵抗のための抵抗としてなされるのではない。じぶんがだれかを確認したいという、ぎりぎりの行為、のっぴきならない行為としておこなわれるのだ。言うまでもなく、この過程はいつもそういうこととして自覚されているわけではない。ぼくらはファッションの冒険、(それがかっこよすぎるとしたら)試行錯誤をとおして、じぶんがだれか確定できないまま、じぶんの表面を、そういう社会的な意味の制度的な枠組とすり合わせつづけてきたのだ。
—  鷲田清一『ちぐはぐな身体―ファッションって何?』より抜粋

それでは、私の場合はどうなのか。

今の「じぶん」が形成され始めたのは、イタリアで仕事をするようになってからである。初めて自分の「女性」という属性が「目的達成」に与える影響を肌に感じた場所である。

イタリア人達は外見の変化に敏感で、特に「女性」をとにかく褒める。中でもデザイナーたちは、作品と同時に自分のイメージも露出されることを知っているので、身だしなみに大変気を使う。

その中で、どんな服を着たら「女性」として扱われ、反対にどんな服を着たら「デザイナー」として作品の話を聞いてもらえるのかという違いを感じるようになった。

そうして行き着いたのが、ワイドパンツなのである。

着ていて心地よい。動きやすい。それでいて、きちんとした印象にもなる。
相手に余計な不快感や緊張を与えずに、話を進めることができるのだ。

モデストファッションとは、きっと「相手を尊敬していること」を主張しながら、相手との距離感をこちらで設定できるという、まさに自分で主導権を持ちながら地位を築きたい女性にはぴったりの道具なのではないだろうか。

このトレンドの裏には、「イスラム圏へ向けて」とかマーケット的な策略があったのかもしれないが、制度や制圧の中にある要素を咀嚼して「楽観的に」発展させていく動きとして考えると、とても楽しい。

女袴が女性の新しいステイタスを作ったように、モデストファッションは今後新しい価値を作り上げてくのだろうか。利用者として楽しみながら見守って行きたい。

(表紙画像元:https://www.cosstores.com)

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Tomomi Maezawa

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