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「マニュアル作成して脱属人化」では不十分?組織デザインにおける「標準化」の考え方

業務の属人性を排するため、型化やマニュアル整備、社内Wikiの作成といった「標準化」を進めることが大事——そう考えている方は少なくないと思います。

僕もそれ自体には同意しますし、「標準化」は組織デザインを進める上で欠かせない要素でもあります。なぜならば、組織デザインとは「『分業』と『調整』を設計し、その両者を組み合わせながら組織をつくっていくこと」であり、標準化は「調整」、すなわち「役割分担した人どうしでの連絡や連動の手段、またやり取りのルールを定めること」の基本だからです。

ただ、マニュアルや社内Wikiの作成は、あくまでも標準化の一部分でしかありません。いくら精密にマニュアルをつくっても、標準化が十分に完了しているとは言えないのです。

属人性を排し、全員が同じクオリティで業務を進められるようにするためには、何を、いかにして標準化してゆけばよいのでしょうか。

今回の記事では、組織デザインにおいて重要な「標準化」の要諦を、「インプット」「スループット」「アウトプット」の3つの観点から解説していきたいと思います。


インプット、スループット、アウトプット──3つの「標準化」こそが「調整」の基本

標準化の対象は、「インプット」「スループット」「アウトプット」の3つに大別されます。つまり、組織デザインにおいては、「インプットの標準化」「スループットの標準化」「アウトプットの標準化」の3つをうまく掛け合わせることが必要なのです。

※この考えは、経営学者である沼上幹さんの著書『組織デザイン』(日本経済新聞出版, 2004)を参考にしています。

まず、インプットの標準化とは、投入(インプット)する資源や資本の基準を揃えることを指します。

次に「スループット」ですが、これはインプットされた資源をアウトプットにつなげていくための過程のことです。つまり、スループットの標準化が意味するのは、組織における業務プロセスなどのスタンダードを定めることです。

そして「アウトプット」は読んで字のごとく、組織が生み出す最終的な成果物のことです。何らかの食品を製造している工場を例に取ると、「アウトプットの標準化」とは、さまざまな工程を経て完成した製品のうち、製品として出荷するものの基準、言い換えれば品質基準を規定することを指します。

以上のような「インプット」「スループット」「アウトプット」をそれぞれ標準化することによって、組織デザインの基礎が整うのです。

では、それぞれの標準化をどのように進めればよいのでしょうか。以降は、具体的な標準化の勘所について説明していきたいと思います。

アウトプットの標準化:組織の自律性を保つための「センターピン」

まず、「アウトプットの標準化」のポイントから説明します。

なぜ最後のプロセスであるアウトプットから始めるのかといえば、すべての標準化のベースになるからです。アウトプットから逆算して、スループット、そしてインプットの標準化と考えを進めていくことが基本になります。

先ほど、アウトプットの標準化を「品質基準を規定すること」と紹介しましたが、これを別の言い方にすると「目標の標準化」になります。アウトプットの標準化には、品質基準の他に、「組織として目指すべき業績」や「個人やチームの定量、定性目標」の基準を定めることも含まれるのです。

そして、チームや個人の自律的な意思決定を促す上で、アウトプットの標準化は非常に重要なテーマだといえます。

目標設定の方法が定まっていない状況をイメージしてみましょう。そのような状況下においては、自組織の目標を決定しなければならない課長クラスの方であっても、どのような目標を設定すればよいかわからず、より上位レイヤーの人に都度伺いを立てなければなりません。するとCEOや事業部長など、一部の力を持っている人たちの一存ですべてのチームの目標が決定されることになり、組織から自律性が失われてしまうのです。

目標の定め方に明確な基準があれば、組織毎に基準に沿って目標を設定することができます。目標が全社的な基準に沿ったものということは、「達成できれば評価されること」が保証されている状態であると言ってもいいでしょう。そういった状態が実現されてはじめて、組織は目標の達成に向かって、自律的に思考し、行動できるようになるのです。事業部に権限を委譲したいのであれば「何を達成すれば、評価されるのか」の基準をしっかりと明確にしなければなりません。

個人のレイヤーでも同じことが言えるでしょう。「創意工夫をこらして、目標を達成してほしい」とメンバーに伝えたところで、その目標が上司の気分次第で上振れたり、変更されたりする可能性があるなら、メンバーは目標達成のために試行錯誤しようとは思えません。目標設定が曖昧であるがゆえに、個人が自律的な思考や行動ができなくなってしまうのは「あるある」ではないでしょうか。

また、組織や個人の目標と同様に品質基準も、明確になっていなければ「属人化」という問題を抱えることになります。物理的なモノの生産でも、Webコンテンツの開発でも、デザインでも「どういった品質を目指すのか」が曖昧であれば、最終的には最も優れた技術を持っているシニアメンバーのレビューを通さなければならなくなり、そのメンバーの裁量によってすべてが決定されることになってしまいます。

以上のように、アウトプットの標準化を抜きにしては組織の自律性は保たれず、価値を生み出すための自発的な連携が生じることも難しくなります。アウトプットの標準化は「調整」のセンターピンであると言えるでしょう。

スループットの標準化:ポイントは「業務プロセス」「ミーティング」「組織開発施策」

しかし、アウトプットだけを標準化しても「調整」の仕組みは必ずしもうまく回っていきません。「目標は明確なのだから、あとはそれぞれが自律的に行動しよう」という状態は、時に「無茶振り」と化し、うまく組織が駆動しなくなってしまうこともあります。

だからこそ、「目標を達成するためには、何にどんな資源を、どれだけ投下すべきなのか」や「投下した資源を、どんなプロセスで良いアウトプットに変えていくか」、すなわちインプットとスループットの標準化もセットで進めなければならないのです。

それではまず、スループットの標準化はどのように進めていけばよいのでしょうか。

先ほども述べたように、スループットとは「インプットをアウトプットに変換する過程」のこと。このスループットを標準化する際のポイントは、視点を「個人」ではなく「チーム」に引き上げることです。

ポイント①:業務プロセスの標準化

スループットの標準化を進めるとき、多くの場合「優れたアウトプットをしているメンバーの業務プロセスを解き明かし、それを汎用化する」といった打ち手が採用されます。

この打ち手はまったく的外れなものではありませんし、高いパフォーマンスを見せているメンバーの暗黙知を形式化し、組織に浸透させようという考え方自体は間違っていません。しかし、これでは「個人のパフォーマンス」は向上しても、「チームのパフォーマンス」は向上しないでしょう。

スループットの標準化において最も重視すべきは、個人ではなく「チームとしての業務プロセス」を意識すること。つまり、優れたチームがどのようなプロセスで業務を進めているかを解析し、そのプロセスを標準化することが求められます。

昨今、クロスファンクショナル組織によるアジャイル開発をうまく運用することで大きな成果をあげている企業が増えています。その理由は、アジャイル開発によって高いパフォーマンスを出している「チーム」の業務プロセスを分析し、そこから得られたノウハウを他部門やチームに転用しているからだと言えるでしょう。

アジャイル開発については、以下のコンテンツで詳しく解説していますので、ご興味のある方は参照してみてください。


ポイント②:ミーティングの標準化

スループットの標準化におけるポイントは「業務プロセス」だけではありません。「ミーティング」もその一つ。優れたパフォーマンスを発揮しているチームの共通点として挙げられるのが、ミーティングのルーティンが確立されていることなのです。

たとえば、毎朝10分間だけそれぞれがタスクの進捗を報告するための時間を設け、週に1度はその週の振り返りと翌週までの計画をすり合わせる。そして、隔週で3~4時間程度のまとまった時間を取って、それぞれのメンバーが抱えている課題などを吸い上げるようなミーティングを実施する……といったような形で、しっかりとミーティングのルーティンを確立し、メンバー間で目線を合わせながら協働することで、高いパフォーマンスを発揮することが可能になります。

一方、パフォーマンスが低いチームを紐解いてみると「問題が生じてから臨時ミーティングを設けることで対処する」といった事態が頻発するなど、ミーティングのストラクチャーとリズムが整っていないというケースが多く見受けられます。また、複数のチーム間での協働が必要であるにもかかわらず、チーム間で認識を揃えるための場の設計がなされていないために情報格差が生まれ、パフォーマンスが上がらないといったケースも「あるある」の一つでしょう。

ただし、「議事録やアジェンダの内容の標準化」に比重を置かないように注意しなければなりません。もちろん、議事録やアジェンダの形式を整えることも大切なのですが、より重要なのはミーティングの内容や目的と頻度を標準化することです。

経営⇄マネージャー⇄チーム⇄メンバー、それぞれのミーティングで何が意思決定されるべきなのかを考慮した上で、定例ミーティングの配置(曜日や時間帯)を決める必要があります。また、マネージャーは自身の作業時間を確保するため、カレンダーをブロックし、ミーティングを入れすぎないなどの工夫も求められます。

ポイント③:組織開発施策の標準化

もう一つ、高いパフォーマンスを発揮しているチームに共通しているのが、組織開発施策に力を入れていることです。

組織開発の定義はさまざまですが、ここでは「対話によって相互理解やチームのミッションについての目線合わせを促進し、一丸となって目標達成にコミットできる状態を実現すること」だと考えてください。

優れたチームは必ずと言っていいほど、組織開発を促進するための施策を実施しています。ですので、自社における優秀なチームがどのような組織開発施策を講じているのかを考察し、その取り組みを標準化して他チームにも展開することをおすすめしています。

もし、自社内に指標とすべきチームがない場合は、外に目を向けるしかありません。昨今ではさまざまなメディアを通して組織開発の成功事例が発信されています。僕のnoteでも、過去に複数の会社の事例を紹介していますので、ぜひ参考にしてみてください。

インプットの標準化:「目線」を合わせ、勝利の方程式を確立する

最後に解説するのは、「インプットの標準化」です。

インプットの標準化とは、「前提を揃えること」だと言ってもいいでしょう。アウトプットの質を上げるためにさまざまな施策を講じたとしても、メンバーが施策を実施する理由を理解していなければ、いずれ認識合わせのためのコストを割く必要が生じ、結果的に施策が思うように進められなくなってしまいます。

それぞれの施策が「何のために存在するのか」の認識を揃えた上で、アウトプットを生み出すための工程、つまりはスループットに入っていくことが重要なのです。

では、いかにして「前提」の認識を揃えていけばいいのでしょうか。

ポイント①:組織文化の定義

ポイントの一つ目は「組織文化」です。

組織規模が拡大し、施策の前提に対する認識を揃えるためのコミュニケーションコストが増加した際、「どのような基準で意志決定をするのか」といった組織としての原理原則を定めそれを浸透させることによって、メンバーが自ずと意思決定の理由を理解できる状態にすることが重要です。

このこと自体は多くの人が理解していると思いますが、組織文化を定義する際に抜け漏れがちな観点があります。それが、勝利の方程式であるスループットやアウトプットの標準を考慮するという観点です。

たとえば、業績評価や目標設定の基準を明確にし、その目標を達成するためにメンバーそれぞれが試行錯誤を重ねられる仕組みを整えているものの、組織文化としては「個人の自律的な行動を尊重する」ことが明記されていない、といったパターンがありえるでしょう。明記されていないだけならばまだしも、「定められたオペレーションを実行することで、目標に到達することを良しとする」と受け取られかねない、言い換えれば、アウトプットの標準に相反するような組織文化になってしまっているケースも存在します。

同様に、スループットの標準化の一環として、組織開発を推進するために対話に力を入れようとしているものの、組織文化として「対話を重視する」ことを明記していないケースも、目線合わせの弊害となり得ます。

つまり、アウトプットやスループットの標準をベースにしながら、組織文化を定義することが重要なのです。

ポイント②:事業戦略シナリオの共有

次のポイントは、「事業戦略シナリオの共有」です。

全社総会などを通じて、3年から5年スパンの中長期戦略を共有しているという企業は多いでしょう。

しかし、足下の事業戦略の共有がおざなりになり、このことがさまざまな施策に関する目線合わせを阻害する要因になっている場合があります。「前提」を揃えるためには、1ヶ月から3ヶ月スパンの短期的な事業戦略のシナリオを共有し、「なぜ、この施策に注力するのか」を丁寧に共有しなければならないのです。

中長期的な戦略だけの共有に留まってしまうと、本来は1年後に注力するべき施策であるにもかかわらず、「早急にスタートさせなければならない施策だ」という誤解が生じ、リソースが分散してしまう危険があります。

3年先、5年先の事業について未来から逆算的に語ることも重要ですが、そこに至るための「積み上げ方」を短い期間で区切りながら共有することも欠かしてはならないのです。

ポイント③:人材育成の本質とは?

人材育成に力を入れていない企業は少ないと思います。しかし、「何のために人材を育成するのか」という前提が揃わないまま、注力しているケースが多いように感じています。

たとえば多くの日本の企業は、新人育成に力を入れている一方、ミドルマネジャーや経営人材の育成にはあまり注力していないのではないでしょうか。ミドルマネジャーや経営人材の育成は、外部企業に委託をし、研修などを実施しているだけという企業は少なくないと思います。

背景には、「スループットやアウトプットの標準を理解し、その汎用化を促進できる人材、すなわちチーム運営を担い得る人材を育成する」という観点が踏まえられていないことがあると思っています。

ただ単にビジネススキルを向上させるだけでは、自組織を牽引できる人材を育てることはできません。自組織における「勝利の方程式」、つまりはスループットとアウトプットの標準化を推し進められる人材を育てることこそが、企業における人材育成の本質と言えるでしょう。


以上のように、アウトプット、スループット、インプットの標準化を進め、それらをうまく掛け合わせることが組織デザインにおける「調整」の基本となります。アウトプットやスループットの標準と、インプットの間に齟齬が生じていないか。そういった観点を持って、常に組織の「標準」を見直し、アップデートし続けていただければと思います。

今後もこうした難題への処方箋としての組織デザインにまつわる知見を、このnoteや、MIMIGURIが運営するオンライン学習プログラム「CULTIBASE Lab」、オンライン対話型学習プログラム「CULTIBASE School」にてたくさん蓄積・発信していきますので、ぜひチェックいただけると嬉しいです。


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