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すべての礎となる「音の聴き方」

音を聴くこと。これはすべてのサウンドエンジニアにとっての礎(いしずえ)となる「技術」です。あえて「技術」とするのは、聴力の優劣というものではなく、音を聴くことにはいくつかのやり方があると考えているからです。ここでいうやり方というのは、空気の疎密波によって鼓膜が振動して云々という一般的な音を聴くことであることは変わらず、聴くときにどういう意識で、どういう頭の使い方で音を把握するかということです。

繰り返しますが音を聴くことはレコーディング、ミキシング、マスタリング、PA、MA問わずすべてのサウンドエンジニアにとっての礎となる「技術」です(2回言ったよ!)。これを他人に説明するのはとても難しいのですができるだけ丁寧に解説していきます。ここでの話はスピーカーやヘッドホンによる音源再生に限定したほうがわかりやすいと思います。

1.各楽器の音色に限定して聴く

ボーカルやバスドラム、スネアドラムなどある特定の音に試聴対象を限定して聴くことで情報を捉えるやり方です。

意識の使い方は例えると「ウォーリーをさがせ!」でウォーリーをさがす時の感じに近いです。
(「ウォーリーをさがせ!」とは本の見開きいっぱいに描かれた絵の中から、メガネでボーダーのシティボーイやそのガールフレンド、尻尾だけの描写の犬や偽ウォーリーなどのキャラクターを見つけだす絵本です)
ウォーリーをさがすときはぼんやりとなんとなく眺めるのではなく、特徴的な赤白ボーターの描写に意識を限定して見るじゃないですか。それです。

このとき試聴対象をもう少し、周波数軸で分解して聴くとより多くのことが見えてきます。スネアだったらヘッドの「パーン」、リムの「カーン」、スナッピーの「シャーン」に分解できます。そうすると「スネアの音が固い」だったのが「スネアのリムの鳴りがキツイ」などに聴こえてきます。

さらに今度は、時間軸で分解する。これはシンセのエンベロープカーブを思い浮かべてもらうとイメージしやすいです。アタック(=立ち上がり)があって、ディケイとサスティーン(=鳴りや響き)があって、リリース(=余韻)があります。スネアの「パーン」が「パ(アタック成分)」「ー(鳴りの成分)」「ン(余韻の成分)」の要素に聴き分けられるわけです。


2.音像のかたちを見る

スピーカーでの音源再生時に浮かび上がってくる映像的な像、それが音像です。その音像を見るように音を捉えるやり方です。

音を音色や音量ではなく、音像のサイズの大小や、音像描写の輪郭を見るように聴く。ローカット(ハイパス)フィルターのカットオフ周波数を決めるときや、サイドに定位した楽器にアプローチしているとき、サチュレーターやエキサイターなど倍音付加系の処理をするときなどはこの聴き方だと変化がわかりやすいことが多いです。音像変化の臨界点(音像が大きく/小さくなった、音像の輪郭が見えやすく/見えづらくなった、など)を把握できるとその処理をどの程度深くまたは浅く掛けるべきかの止めどきを理解できることが多いです。

ボーカルは音像を見るように聴くと特に違った聴こえ方をすると思います。ボーカリストの表情という、とても想像しやすい像が実在しますからね。


3.音像の面を捉える

2に近い聴き方なのですが、サイズなどではなく音像の面の揃い具合で捉えるやり方です。定位感を音像全体の一部として捉えつつ聴く感じです(大変わかりづらい)。以下のこの聴き方が有効な例のいくつかで何を言ってるんだかわかってもらえると嬉しいです。

例えばMS処理をするとき。Sideの高域を持ち上げてSideの楽器の明瞭度は上がったけど、ステレオ音像全体としてはMidとSideに隔たりができて面が揃っていない感じがしていないか。

例えばコンプレッサーやリミッタープラグインの「ステレオリンク」的なパラメーターを設定するとき。4つ打ちのビートの波面が設定によって、塊から、少しほどけたように感じるか。

また個別の楽器でもこの聴き方が有効な例では、アタックとボトムを別サンプルで作る打ち込みのバスドラムでアタックとボトムの面が揃っていない違和感を感じたら、その正体はアタックが強くて量感がなかったり、ボトムが強すぎてブーミーなのに音圧がない仕上がりだったことに気がつけるのです。

4.音全体の変化を俯瞰で聴く

1とは対照的に、何かの要素に限定して聴くのではなく音全体を俯瞰で眺めるような気持ちで聴くやり方です。イメージとしては、映画館のスクリーン全体が視野に入る真ん中やや後ろめの席で一人で映画を見ているような感じで(あくまでイメージです)。

アルバムの曲ごとの音量差を確認したり、歪みやノイズの有無を確認するときはこの聴き方が有効です。音が仕上がったら、かならず一度この聴き方でチェックしています。そのときはさらにもっと感情を抑えて、自分がめちゃめちゃ興味ない内容の映画をモノクロの無声で眺めているような気持ちで聴いています。

5.音楽的要素を聴く

音楽的要素とは実に曖昧な言葉ですが、まあ多岐にわたるのでお茶を濁しています。わかりやすいところでは「リズムの軸は4つ打ちのバスドラムなのかギターのカッティングなのか」とか、「ヴァースとサビの印象は」とか、「ビートは強くなったけどベースとのグルーヴが薄くなったな」とかそういう切り口で聴くやり方です。この解釈の仕方はまさにその人のセンスというか個性なんだと思います。


音は一時停止できない、時間軸を止めて比較することができない性質のものです。ぼく自身も2つの微妙な差の音の比較で目をつぶって試聴して、「うん、こっちのがいい」と思って目を開けたら全然関係ないところをクリックしていて聴いてたのは同じ音だったということは多いにあります(お恥ずかしい)。でもそこがまた音の楽しいところだとも思っています。音を聴きとることは特殊能力ではなく、やり方のコツさえ掴めば誰でも上達できる技術だと思っているので、その少しばかりの助けになればと思います。

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