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大人になってよかった。旅を愛している【イスタンブール・トルコ→日本】

まっさらな白い紙に、カタカタと文字を打ち込んでゆく。知っている部屋、知らない内装、私を迎える、夏の家。

久しぶりに歩く世田谷の街。思っていたよりも強い日差し、まるで昔恋い焦がれた東南アジアかのような湿度、聞き取れる言葉たち、顔を見るだけでご機嫌か不機嫌かどうか分かるような、私の知っている人々。

帰ってきたのだ、という感覚を噛み締めていた。こうやって東京を歩いていたら、昨日まで違う大地を踏んでいたことを、忘れてしまいそうになる。そうあれがまるで、夢だったかのように。

けれど私の肌は黒く焼けた。健康的になったといえば聞こえはいいが、夏の真っ盛りを全力で楽しんでいるような。きっともう冬まで戻らない。今年の夏も長い。きっと寒くなったら私はまた夏へゆくだろう。

逃げるように、挑むように、進めるように、6月1日のあの日、私は「世界の二周目の旅に出る」といって成田を離れた。

そして私は、アメリカのロサンゼルスへ4万円のチケットでたどり着いて、そこからマイアミへ、キューバ・ハバナへ、国内をめぐって、メキシコのカンクンへ。そしてまたメキシコ国内を数人で旅をして、ひとり南米へ飛び。

ドイツで待ち合わせ、ポーランドで待ち合わせ、ハンガリーの夜景をひとりで歩き、いつの間にかクレジットカードを不正使用されたりして(当然カードは止まる)、そしてまたかけがえのない出会いを、トルコで得る。

ATMからキャッシュカードが出てこなくなってしまって、絶体絶命ですなぁ(お金が下ろせなくなった、キャッシング機能のついたクレジットカードはハンガリーで止まったばかり)、と思った日は、別にそんなに前じゃない。つい1週間ほど前のこと。

けれど目の前には、もうモスクもミナレットもボスフォラス海峡もヨーロッパサイドもアジアサイドもない。トルコの首都・イスタンブールは、私にとっては「感傷を絵に描いたような街」だった。混沌と形容する人もいるだろう。船で海を渡れば、後ろ手がヨーロッパサイドで前がアジアだなんて。名前だけだとしても、これ以上エモさかき乱す街は、世界のほかにあるだろうか?

イスタンブールは用心したほうがよい都市だった。ぼったくりバーの被害やスリ、女性であれば「絨毯詐欺」と呼ばれる、いわゆる結婚詐欺まがいの事件も、往々にして発生するようだった。

けれどそこは本当に美しく。愛したモロッコと、見紛う。一日五回響くアザーンの声、空に向かうミナレットの先端、見慣れない文様の装飾、トルコ語が、私を呼ぶ声。

本当にほんとうに、世界は美しかったのだ。こんなにも刺激に満ちている日々を、旅先のほかに私は知らない。知ることができない。望むことができない。だからだめなのだと知っている。けれどもう、捨てられないのだ。やめたくない。その先にある輝く日々を、切り取りたい風景を、降ってくる文章を、とめどなく。綴ってつづって、そしてあなたと生きていけたらいい。

ひとり旅をしていた日々は、結局一体、何日ほどあったんだろう? 孤独に泣く夜は、今回はとても少なく。寂しい、と感じる暇もあまりなかった。「きっと今は、こういう人生なのだろう」と。流れに身を任せ。「運がいい」ということばは、「人が運んできてくれる」意味を多分に含んでいると彼女は言っていた。ひとりで歩いたところで、変わることなんて多くない。せいぜい足し算だ。掛け算は、できない。

そう本当に。すべてを選んで生きていくと決めていた時期もあった。けれど端っこばかりつかんでも、いずれ息が切れて苦しくなってしまうだけ。私は、旅が好きだ。そして名は体を表すということばは魔力を持っていて、「旅と写真と文章と」と並べて以降、とくに私の中で写真が文章の地位を奪ってゆき。もちろん文章もベースにあるのだ。けれど今この時、残せる瞬間が流れていってしまうという点において、写真を。もっと写真を、胸を張って世の中に出せるように、修行の日々を過ごさねばと。過ごしたいと。

大人になって、よかったと思った。綺麗事ではもう生きていけない。逃げることも出来ない。私たちはただ続けていくだけ。ありがとうとごめんなさいを繰り返しながら。せめて瞳を見て会話ができるように

もう一度歩いた世界は、広く美しく。遠く狭く、未知に満ちて、そして身近な暮らしでひしめき合っていた。もうどこも、怖くない。短い日々を重ねる旅は、もう卒業だ。第三フェーズくらいに、入る。旅と日常の境目が整理できるようになった。混ぜることも、分けることも、使い分けることも。あとは持続可能性。最後の挑戦。土台は整えた。あとは進むだけ。

東京に帰ってきた。大好きなひとたちが、暮らす街。会いたい。世界の話を聴いて。そして、あなたたちの毎日の風景を、聴かせて。


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